「秋までに新たな方針を決定する」はずだったが…
高額療養費制度という言葉は、今ではおそらく多くの人がご存じだろう。
昨年冬までなら、がんに罹患したり大けがに遭ったり、あるいはこの原稿を書いている自分のような難病患者(自己免疫疾患の関節リウマチ罹患が判明して15年以上になる)で制度を利用して治療を継続することが生き続けてゆくこととほぼ同義になっている人々を除けば、一般的にはさほどよく知られた用語ではなかったかもしれない。
だが、政府・厚労省による自己負担上限額〈見直し〉案の是非が報道されるようになった今年の1月頃以降は、様々なメディアでこの名称を目にする機会が増えた。
「そういえば今年初めの国会で大きな騒ぎになったし、新聞やテレビでも大きく取り上げていたな」という程度には、この言葉に見覚えや聞き覚えのある人が多いはずだ。
現代はふたりにひとりががんに罹患する時代、とも言われている。たとえ今の自分には関わりがない社会保障制度であっても、いつかはこれを利用するときが来るのかもしれない、と、この問題をある程度身近なものに感じた人も少なくないだろう。
実際に、1月から3月の時期は何度もワイドショー番組の話題になり、世論調査では質問項目のひとつになるほど、大きな注目を集めた「バズワード」状態だった。
だが、最近ではこの言葉を新聞・テレビ・オンラインニュースなどで見聞きする機会はほとんどなくなった。メディアの俎上にはすっかりのぼらなくなっただけに、半年ほど前にあれだけ世の関心を集めたこの問題はすでに解決してしまったもの、と認識している人も少なからずいるのではないだろうか。
だが、実はまだ何も決着していない。
実際のところ、世間から大きな反発を受け、国会では野党議員はもちろん与党側からの批判にも晒された高額療養費制度〈見直し〉案は、今はひとまずその当初案が白紙に戻されて「凍結」されているにすぎない。
そもそもこの制度に手を入れようとした政府と厚労省が、〈見直し〉自体をけっしてとり止めたわけではないことは、3月7日の凍結発表時に石破茂首相が「本年秋までに改めて方針を検討し、決定することといたします」と述べていることからも明らかだ。
その後も、厚生労働省社会保障審議会医療保険部会などの会議でこの制度が話題になった際には、厚労省側の担当者が再三、上記の石破首相の言葉を踏襲する形で「秋までに新たな方針を決定する」という旨の発言を繰り返している。
ここで注意してほしいのは、政府側が繰り返し述べている「秋までに」という部分だ。要するに、正念場は8月を過ぎたこれからの時期で、この問題は今まさに重要な局面を迎えようとしている、ということだ。
議連会長「落選」の影響は
国民皆保険制度の最後のセーフティネットとも言われる、この高額療養費制度の複雑な仕組みや、今年の冬に大きな批判を受けた〈見直し〉案の問題点、そして、なぜこの制度が狙い撃ちされるに至ったのかという政治的背景等々については、今はひとまず細かい説明を措いておく(詳細に関心がある方は、集英社ウェブサイト〈新書プラス〉の拙連載記事をご参照いただければありがたい)。
ざっくりと言えば、当初は今年8月に実施するとしていた政府の〈見直し〉案が凍結に追い込まれた理由は、患者の自己負担額引き上げ幅が尋常ではない高額だったことと、その審議過程で当事者である患者側の意見をまったく聞いていなかった、という一方的な議論の進め方が問題視されたからだ。
これらふたつの点をひとまず反省する姿勢を見せた政府側は、「秋までに改めて方針を検討する」に際し、〈見直し〉案を審議していた厚生労働省社会保障審議会医療保険部会の下に、新たに「高額療養費制度の在り方に関する専門委員会」を設置した。
そこに患者団体(全国がん患者団体連合会、日本難病・疾病団体協議会)の代表者を入れて議論に加わってもらうことで、当事者側の意見を反映させよう、という枠組みを作ったわけだ。
この専門委員会は、5月26日に第1回、6月30日に第2回の会議が行われた。第1回は委員会に参加する専門委員各氏の自己紹介程度にとどまり、第2回はこの制度を利用するがんやアレルギー疾患など当事者4団体からの意見聴取が行われた。
それ以降、第3回の専門委員会はいまだに開催されておらず、高額療養費制度がどうあるべきかという具体的な議論には一歩も踏み込まないまま現在に至る(その後、8月26日に厚労省は第3回専門委員会を8月28日15時から開催すると告知した。詳細は厚労省サイトを参照)。
会議が約2ヶ月も開催されないままでいた理由のひとつは、7月20日の参議院選挙を経て政局が混乱しているからであろうことは、容易に推測できる。
その参院選では、3月の政府〈見直し〉案凍結後に結成された120名を超す大所帯の超党派議連「高額療養費制度と社会保障を考える議員連盟」会長の武見敬三氏(自民)が落選する、という出来事があった。
参院選直前に、この超党派議連事務局長である中島克仁氏(立民)に行った単独インタビューでは、「前厚生労働大臣の武見氏が議連会長に就いていることで、政府や厚労省の一方的な議論に歯止めを掛ける重石としての睨みが利く」という説明をしていた。
だが、その武見氏が落選したことで、政府の監視役として超党派議連が果たす役割に今後どのような影響を及ぼすのか、は気になるところだ。