下北沢CLUB Queでのthe原爆オナニーズのライブ。(撮影/木村琢也)※写真は書籍掲載分より
下北沢CLUB Queでのthe原爆オナニーズのライブ。(撮影/木村琢也)※写真は書籍掲載分より

パンクの哲学者・TAYLOW

中学生だった1980年代前半からパンクにのめり込んでいた僕にとって、このバンド名はとてもなじみ深い。愛読していた『宝島』『DOLL』『フールズメイト』といった雑誌や、通い詰めていたレコード店のインディーズコーナーで、彼らの名前を何度も目にしていたからだ。当時からパンク好きの間では非常に人気があり、「知らないならモグリ」と言われても仕方のないほど有名な存在だったが、初めてその名を耳にした人は、たいていギョッとする。こうしたカルチャーに理解のある相手でなければ、口にするのをためらってしまうバンド名であることは間違いない。

けれども、ボーカルのTAYLOWがステージに登場し、バンド名を高らかに叫ぶと、フロア前方に詰めかけた観客たちは拳を突き上げ、歓喜の雄叫びを上げる。

「ウィー・アー・the原爆オナニーズ!!!」

演奏が始まると、観客はモッシュ、ダイブ、サークル、リフトといった激しいパンクノリで応える。その光景は、彼らがバンド活動を始めた1980年代当時と変わらない。観客もステージ上のバンドメンバーも、約40年分の歳を重ねているという点を除けば。

the原爆オナニーズが奏でるのはゴリゴリのパンクロックだ。長いキャリアのなかで熱狂的なファンを獲得してきたが、決して一般層に受け入れられるような聴きやすい音ではない。そもそもバンド名自体が、売れることを想定していない。セックス・ピストルズのもじりから生まれたそのショッキングな名について、ボーカルのTAYLOWはかつてこう語っている。「人々がこのバンド名に嫌悪感などの反応を持ち、核・反戦について問題意識を起こさせることができればよい」と。

TAYLOWのポートレイト。(撮影/木村琢也)※写真は書籍掲載分より
TAYLOWのポートレイト。(撮影/木村琢也)※写真は書籍掲載分より

TAYLOWへのインタビューは、2024年5月、東京・下北沢CLUB Queでのライブ当日におこなった。リハーサルと本番の合間に、近くのレンタルルームの一室に来てもらう時間を取ってもらったのだ。これまでのキャリアのなかで幾度となく語ってきたであろう質問にも、TAYLOWは穏やかな表情でじっくり考え、丁寧に答えてくれた。その姿はまるで、パンクの哲学者のようだった。音楽だけでなく、一人の人間としての生き方そのものを“パンク”の軸に据えてきたTAYLOWの言葉は、どれも含蓄に富み、考えさせられるものばかりだった。

インタビュー後、取材スタッフ全員でライブに参戦した。ステージに立つTAYLOWは、取材時の物静かな雰囲気とは一変、冒頭から激しく弾けていた。

僕はこれまでthe原爆オナニーズのライブを、何十回という単位で観ているが、いつも強い安心感がある。セットリストはその都度異なるものの、古参ファンも新規ファンも満足できるよう新旧の楽曲を織り交ぜつつ、代表曲はきちんと押さえてくれている。その配慮があるからこそ、毎回心ゆくまで楽しめるのだろう。この日のセットリストも充実の内容だった。そしてアンコールで披露された一曲は、日本のハードロックバンド・外道が1974年にリリースした『香り』のカバーだった。the原爆オナニーズが得意とするレパートリーではあるが、実はこの日に演奏する予定はなかったという。

発端は、対バンとして登場した画鋲(脚本家の宮藤官九郎率いるスリーピースパンクバンド)と、二番手のCaolly(モーサム・トーンベンダーの百々和宏率いるパンクカバーユニット)が、両者ともこのナンバーを演奏したことだった(画鋲は『画鋲』という替え歌だったが)。その流れを受け、アンコールで再登場したthe原爆オナニーズに向けて、観客から「『香り』やってー!」というリクエストが飛んだのだ。

TAYLOWは苦笑しながら、その声に応えた。

「最近、あんまりカバーはやらんのだけど。まあ、画鋲が演ったときから、こうなる予感はしてたわ」

そうして披露された『香り』は、まったく予定外の演奏にもかかわらず、完璧な完成度。ベテランバンドの貫禄を見せつけ、フロアを大いに沸かせた。

ライブに先立つリハーサル時にTAYLOWは、冗談めかして「(午後)9時過ぎると調子悪くなるから。声が出なくなるかもしれませんよ」と言っていた。インタビューで真意を尋ねると、こう答えた。

「今年(2024年)の2月にコロナにかかったあと、気管支がイマイチのときがあって。あんなふうに言っとけば、まわりの人はわかってくれるから。『もう年寄りだもんな』とか(笑)」

しかし本番のステージでTAYLOWは、不安を抱えていたとは思えない完璧なパフォーマンスを見せた。それはもしかすると、彼を支えるメンバーたちが“あ・うんの呼吸”でフォローした結果だったのかもしれない。だが、少なくとも観客にはそんな気配をいっさい感じさせなかった。TAYLOWは言う。

「誰かの調子がおかしかったら、誰かが必ずカバーするという4人の合体感。考えてないのよそんなこと、頭のなかでは絶対に。ただ、会得してる感じ。座禅を組んで息整えて、修行を積んだことのように、頭よりも体でわかってるみたいなところはある。そんな感じのバンドなのかなって。

シノブ(ギターのSHINOBU)が映画(2020年に公開された、the原爆オナニーズを追ったドキュメンタリー映画『JUST ANOTHER』)のなかで言ってたみたいに、バンドはこのままずっと続けるんじゃないのかなって思ってる」

the原爆オナニーズは、2025年現在も地元・名古屋を中心に精力的にライブ活動をおこなっている。

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1980年代に熱狂を生んだブームを牽引し、還暦をすぎた今もインディーズ活動を続けるアーティストから、ライブハウスやクラブ、メディアでシーンを支えた関係者まで、10代からパンクに大いなる影響を受けてきた、元「smart」編集長である著者が徹底取材。日本のパンク・インディーズ史と、なぜ彼らが今もステージに立ち続けることができるのかを問うカルチャー・ノンフィクション。
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文/佐藤誠二朗
※「よみタイ」2025年8月27日配信記事