前編

外に出て知る、川崎区の異質さ

筆者は2015年、後に『ルポ 川崎』(サイゾー、2017年/新潮文庫、2021年)としてまとめる取材を川崎区で始めたが、その過程で出会ったJAMDYという10代のラッパーと、現在、高く評価されているCandeeが同一人物だと、ある時、気づいた。

後者が2023年に発表した楽曲「在日ブルース」(2023年)で歌われた、「自分の父親と友人の父親が同一人物だったことを知った」というような複雑な家庭環境と、前者が「川崎区あるある」として語ってくれたエピソードが同じだったからだ(以下、Candeeの発言は〈C〉、Deechの発言は〈D〉で表記)。

C「僕は川崎区で生まれ育ったので、そういうことが当たり前だと思っていたんですけど、そうじゃないんだって思い直したのはラッパーとして地方をライブで回れるようになってからですね。外の世界を知って、『普通じゃなかったんだな』って」

注目を集める新世代ラッパーのCandeeとDeech
注目を集める新世代ラッパーのCandeeとDeech
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Candeeと同じ1997年生まれのDeechは、高校生のときに東京都大田区からそんな川向こうの別世界へとやってきた。

D「大田区の高校に通っていたんですけど、すぐに退学になっちゃって。試験を受けずに面接だけで入れたのが川崎区の定時制高校でした。それまで川崎は絡まれそうで、軽い気持ちでは行けないイメージがありましたね。

転入してすぐに、『トイレ、どこ?』って聞いたヤツがタバコを吸ってたんですよ。普通、校内でタバコ吸ってたら退学じゃないですか。『やっぱり、川崎って法律とか関係ないんだな』って(笑)。そこからそいつとすぐに仲良くなりました」

ここでは仮に〈A〉とするが、Deechにとって彼こそが川崎カルチャーの案内人となる。

〈A〉はCandeeとも、そしてストーカー殺人事件の被告である白井秀征(ひでゆき)とも幼なじみで、やがて彼らはギャングチーム〈OG〉をラップグループ〈OGF〉へと発展させる。

ロールモデルとなったのは地元の2学年上で、不良少年たちに「ギャングからラッパーへ」という新たな道を提示したラップグループ〈BAD HOP〉だった。

実際、当時は川崎区の児童公園で彼らに憧れた少年たちのサイファー(輪になってフリースタイルラップをやること)をよく見かけたものだ。

D「ラップを始めたのは、(BAD HOPのリーダー=T-PablowとYZERRが優勝した)『高校生RAP選手権』に刺激を受けたようなところはありましたね。(川崎駅近くのライヴハウス)〈クラブチッタ〉でBAD HOPが初めてワンマンをやったとき(2016年)は僕ら、物販を担当してたんですよ」

C「ただ、その頃は絶望と希望を同時に見せられている気分でした。BAD HOPが地元からこうやってスターになっていくのは『すげぇ』と思う一方で、『この人たちのことは越えられないのかな』って」

ちなみに、そのステージには〈A〉も上がっていた。〈A〉は件の人気番組『高校生RAP選手権』にも出場、地元=川崎区の有望株だった。ラップ好きにとっては、当初、〈OGF〉は〈A〉が率いるグループ、というイメージがあっただろう。

C「〈OGF〉はメンバーが9人ぐらいいたのかな。ただ結果的に、作品にラップが収録されたのは〈A〉と僕、Deechの3人だけでした」

D「白井のラッパーネームは‟ヒデ”って報道されてましたけど、いろいろ変えて、最終的には‟ジョン”になっていたと思う」

白井被告は〈OGF〉関連のミュージックビデオにモブとして出演してはいるが、彼のラップを聞くことはできない。