「認知症は決して悲劇的な病気ではない」 

母親は車椅子生活となり、今は自発語もほとんどない。田中さんは結婚して実家の近くに住み、ショートステイも活用しながら介護を続けている。

「家族は私が介護することには反対でしたし、いつでもやめていいと言われています。ただ私が母と一緒に居たかったんです。ずっと病気がちだった母の頑張りを見てきて、介護というより『お母さんが最期まで闘い切るのを支えるんだ』という気持ちで」

最近、空洞でいっぱいの母親のMRI脳画像を見て、田中さんは改めてショックを受けた。現実を受けいれているつもりでも、心のどこかで「いつかお母さんが覚醒して、会話ができる日が来るのではないか」と期待していた自分に気づいたからだ。

「自分の親のことなので恐縮なんですが、うちの母親は背も低くて目もくりくりと大きくて、毎日ニコニコとすごくよく笑ってくれて、今の母が可愛くて仕方がないんです。

でも一方で、もし魔法で『お母さんを元に戻してあげますよ』って言われたら泣いて喜ぶと思います。もう一度、天気の話とか食事の話とか、特別なことじゃなくても話ができたらいいのになって……たぶん私の中でも強がっている自分と、本音の自分が交差しているのかなと思います」

しかし田中さんは認知症を決して悲劇的な病気だとは考えていない。社会的な制度も整い、ずいぶん助けられていると話す。

「医療関係者も福祉関係者も真面目で誠実な方が多くて、恵まれていると感じます。認知症ってすごく怖い病気だと思われていて、母も泣くほどでしたが、そんなことはない。生活はちゃんと続いていくし、当事者の尊厳が守られていることを知ってもらえたらなと……」

母親との日々を、田中さんはコンテンツ投稿プラットフォーム「note」でエッセイにしている。時間は有限だからこそ、今できていることをありがたく思って毎日を過ごしたいと話す。

外出中の田中さんと母親
外出中の田中さんと母親
50代で若年性認知症を患った母と娘の田中さん
50代で若年性認知症を患った母と娘の田中さん

取材・文/尾形さやか