この暑さから逃げてしまったら外に出るのが嫌になる
――10月までのスケジュールが5月に発表されるとのことですが、『夏の一番暑い時期に一番遠い山小屋か……』と思うことなどは正直ありますか?
そう感じる人もいると思います。でも歩荷の仕事は「疲れるのが当たり前」「辛いのも当たり前」なので、山小屋によって気分が変わることは、私自身はありません。
むしろ、荷物が多く出るほど、仕事があることに安心感を持っている人が多いんじゃないかと思います。
――夏は特に過酷だと思いますが、暑さ対策はどうされていますか?
“この暑さから逃げたら、外に出るのが嫌になる”というのが、歩荷をやっている人たちの間で、みんなが共通して思っていることです。だから、体を暑さに合わせていくしかないんですよね。
最近は、首に扇風機をつけたり、ひんやりするシートを巻いたりする人も多いですが、歩荷としてはみんな「そういうのがないと外に出られない人」にはなりたくないと考えている節があると思います。もちろん最低限の装備はしますよ。ですが、帽子をかぶって、必要だと感じた時に水分補給をする。それくらいです。
それに、この地域の暑さは東京のアスファルトから照り返すような暑さとはまるで違うんですよ。尾瀬は曇れば涼しいし、風が吹けば心地いい。この時期は積乱雲が出て、夕立が降ることもありますけど、そのときはカッパも着ずに、全身で浴びるんです。もう「超きもちいー!」って感じで。自然のシャワーを思いっきり楽しんでいます。
――それはまさに尾瀬の大自然を全身で味わっている感覚ですね。歩荷の醍醐味もそこにあるんでしょうか。
そうですね。みんな「なんでこの仕事をしているんだろう?」って考えることはあると思うんですけど、やっぱり「人間としての力を最大限に発揮したい」とか、「1日1日を全力で生きたい」とか、そういう思いが根っこにあるんじゃないですかね。かっこよく言えばそうですけど、まあ正直“ドM”なんですよ(笑)。
ゆっくりでも、一歩一歩進んでいけば、必ずゴールにたどり着く。歩荷の仕事をしていると、そんな「人生そのもの」を教えてもらっている気がします。それが、歩荷を続けている理由のひとつでもありますね。
――歩荷の仕事をする上で一番重要なことはなんでしょうか?
最も重要なのは荷造りですね。遅い人は準備に1時間くらいかかりますが、自分は15分くらいで準備します。ただ、適当にやっていいものではありません。
たとえば100kg背負うときは、頭の上に50kg、頭から下に50kgくらいのバランスを意識して、重心はなるべく頭の後ろに近い位置に作る。少しでもズレると、肩や腰に負担がかかってしまいます。
荷造りの良し悪しは、その日の安全にも、体調にも直結するんです。歩荷は「荷造りが命」と言ってもいいくらい、重要な技術です。