「明らかにおかしい。異変が襲っています」箱根駅伝で途切れたタスキ…それでも再び「山登り」に挑んだ順大4年生を突き動かした山の神の言葉
人々の記憶に残る体験をした当事者たちの生々しいエピソードや貴重な言葉は、人生はいかにままならないものなのか、人間はいかに脆く、そして強いのかを感じさせてくれることがある。
今では正月の風物詩となった箱根駅伝のスター選手だった小野裕幸さんが味わった挫折について『「まさか」の人生』より一部抜粋・再構成してお届けする。
「まさか」の人生#3
試行錯誤で道はひらける
大切にしているのは、生徒に考える力を身につけさせること。自分より才能があっても人に言われたことしかできず、伸び悩む選手をたくさん見てきた。
「絶対に速くなる方法なんてない。目標を立て、自分に足りないものを考えて試行錯誤することでしか、道はひらけない。それは生きていくうえでも、大切なことだと思うんです」
24年5月に行われた授業参観で、途中棄権した時の映像を流した。最近ようやく、目を背けずに見られるようになった。「どん底に落ちても、乗り越えられる」というメッセージを伝えたかった。
努力次第で手が届く、日本で一番華やかな舞台──。それが箱根駅伝だと思う。優勝も失敗も味わった自分にしか教えられないことがきっとあると信じている。
いずれは、一人でも多くの教え子に走ってもらいたい。「僕は箱根駅伝で成長させてもらい、人生が豊かになりましたから」。最後に、笑顔でこう付け加えた。「もちろん、生徒たちにはあんな経験はしてほしくないですけどね。
取材・文/後藤陵平・読売新聞社会部「あれから」取材班
『「まさか」の人生』(新潮社)
読売新聞社会部「あれから」取材班
2025年5月19日
1,034円(税込)
240ページ
ISBN: 978-4106110894
大人気ゲーム「ぷよぷよ」を失ったプログラマー、野茂をメジャーに流出させた300勝投手、箱根往路のゴール目前で倒れた大学生、石器発掘の〈神の手〉に騙された研究者――。人生には「まさか」がついて回るが、ニュースになるほどの不運や失敗に見舞われた人々は、その渦中にあって何を思い、その後も続く長い人生をどう生き抜いてきたのか。知られざる軌跡と人間ドラマを描く人気連載、待望の新書化!
(目次)
はじめに
1 「ぷよぷよ」生んだ会社がはじけ、消えたワケ
2 山一元No.1営業マン、再就職先では「最低なサラリーマン」に
3 文民警官がまいた種――息子はカンボジアに殉じた
4 「野茂をメジャーに流出させた」300勝投手、名監督にあらず
5 技術は負けていなかった 「一太郎」vsマイクロソフト「ワード」
6 分離手術を受けたドクさんは、ベトさんを失った
7 日本初の生体肝移植、執刀医の「決断」
8 裏切られた名監督 関東学院大学ラグビー部の綻び
9 「あの日」「あの日々」を越えて 三陸鉄道はまだやれる
10 中国で突然拘束、2279日間の苦難
11 初の「セクハラ訴訟」原告A子が実名を名乗った日
12 「お前はグルか、バカか」〈神の手〉にだまされた研究者の20年
13 女子よ見てくれ!「ウォーターボーイズ」部員たちの進路
14 銀座に上陸したマクドナルド1号店、お客が来ない日々
15 「甲山事件」逮捕された「悦っちゃん先生」の50年
16 運営ミスで失格 目前で「五輪内定」を逃した競歩エース
17 「地下鉄サリン事件」が出発点、警視庁初の科学捜査官
18 箱根駅伝、途切れたタスキ 再び「山登り」に挑んだ順大3年生
19 「懸賞生活」乗り越え 喜劇俳優の「自分だからこそできること」
20 挑戦者2万人「アメリカ横断ウルトラクイズ」優勝者の覚悟
おわりに