Oさんの顔の横──また視界に入った素足は…
その後、作業は順調に進み、衝突地点と思われる付近では被疑車両の物と見て間違いがないであろう真新しいガラス片やバンパー片も採取された。
轢き逃げ現場の鑑識作業は往復して行われることが多い。証拠の見逃しを防ぐためである。
例に漏れずОさん達も折り返して作業を行うことになり、その頃には夜明けも近くなっていたことから空は白み始め、ライトが照らされていなくても周囲の状況がよく見えるようになっていた。
もう一度全ての範囲を観察するのだが、目ぼしい遺留物にはマーキングをしているし、あとは取り残しが無いかを確認していくだけなので一回目ほどの時間は掛からないはずである。鑑識官達は腰を伸ばして体をほぐし、また地面に伏せて今進んできた道を引き返し始めた。
薄暗いとはいえ明るくなってきたため、最初は見えなかった遺留物にもすぐに気付けるようになり、作業も順調に進んでいたその時だ。
Oさんの顔の横──ヒタヒタと通り過ぎていく素足が、また視界に入った。
今回は素足がまだ視界の中に入っている時に顔を上げて振り返ったのだが、やはりそこには誰もいない。
先ほどは暗い中で色々なライトの灯りが周りにあったから見間違いをしたのだと思っていたが、今は夜明け前で周囲は明るくなってきている。
ライトを見間違うとは到底思えない。
──汚れて表皮が剝けたボロボロの素足。
横で黙々と作業をしている他の署の鑑識官に声を掛けようかと思ったが、変な噂を立てられたら困るし、馬鹿にされるのがオチだろう。
そう思い、荒くなる呼吸をなんとか抑えて残りの鑑識作業をこなして行った。
もうすっかり日が昇り、陽がさんさんと降り注ぐ中、鑑識作業も大詰めになっていた。
科捜研職員や鑑識課の幹部が、現場資料として正式に採取をする遺留物の選定を行い、採取する物品には数字やアルファベットなどの番号票が割り振られて写真撮影が行われたのだ。
重要事件が発生した際、現場から採取する資料の数は膨大なものになる。
採取資料の状況を写真撮影する時は各番号が被らないように置く位置に気を使わないといけないのだが、これが意外に苦労する。
写真撮影をする鑑識がファインダーを覗きながら番号の確認をし、重なって見えなくなっているものがあれば「その番号をこのくらいずらしてくれ」と周りに指示を出していくのだが、轢き逃げなどの場合はその範囲がとても広い。
数十メートル先にある番号を細かく移動させて欲しい時もあるのだが、その都度大声で叫んで指示を出すことになる。
動かす役割の鑑識もカメラ担当の指示がよく聞こえない場合があるため、採取資料が多ければ多いほど写真の撮影は時間が掛かるのである。
この時、Oさんはカメラからだいぶ離れた場所で番号を調整する係になった。
道路脇にある民家の生垣に隠れつつ、数十メートル先にいるカメラ担当をチラチラと覗いて様子を見ていたところ
「おー………どけ……れ!」
とこちらに向かって何か言っているのが分かった。きっと採取資料番号票の位置をずらして欲しいのだろう、しかしなんと言っているのか聞き取れない。
「はーい!どれを動かせばいいですかー!!」
大声でそう返し、〝何番を動かしてくれ〞と返事がくるかと思いきや、カメラ担当は手で大きな丸を作っている。
どうやらもう良いらしい。特に何もしていないけど……。
ちょっとだけ違和感はあったが、そのまま採取資料状況の撮影は順調に進み、昼前には全ての現場作業が終了。夜中からほぼ休憩なしの長丁場であった。