地面ギリギリまで顔を近づけたその時…

Oさんは自分の警察署を出発してから一時間近くかかってようやく現場に着いたのだが、既に国道は数百メートルにわたって封鎖されており、周辺はたくさんの警察車両の赤色灯の光と、いち早く駆け付けた一部マスコミのライトで煌々と明るく、野次馬達で騒然としていた。

鑑識官達は現場の道路端に集まっている。どうやらまだ作業は開始していないらしい。

停車後、証拠汚染防止の手袋やヘアキャップ、マスクを着けてから鑑識官達の元へと走った。機動鑑識の隊長が改めて状況の説明と指示を行う。

被害者が倒れていた地点について、目立ったブレーキ痕はまだ見当たらず、被疑車両の特徴及び逃走方向など未だ不明である。

目についた塗膜片やガラス片などは片っ端から目印を付けること、鑑定可能であるか否か、採取する価値があるか否かは、後ほど来る鑑識課長や科捜研職員で選別をしていくので、まずはどんなに僅かな痕跡も絶対に見落とさないように。

隊長の言葉を聞いた鑑識官達は、横一列になって地面に伏せ、少しずつ匍匐前進をしながらアスファルトの鑑識作業を始めた。

写真はイメージです(PhotoAC)
写真はイメージです(PhotoAC)

作業が始まってから約2時間経った。

鑑識官達は誰も言葉を発することなく、ただひたすら黒く冷たいアスファルトに這いつくばって残されている僅かな痕跡を探し出していた。

少しだけ集中力が落ちて来たことを感じていたОさん。道路のアスファルト上には塗膜片やガラス片が無数に落ちている。

もちろん衝突地点から離れた場所に落ちている塗膜片などは被疑車両と無関係の可能性が高いのだが、だからといって適当にあしらう訳にはいかない。

万が一の可能性を考えて現場観察を行うのが鑑識の仕事である。その為、道路上の微物鑑識作業というのは、かなりの時間と根気が必要になるのだ。

再度気合いを入れ直したОさん。また這いつくばって、地面ギリギリまで顔を近づけたその時だった。

顔の真横──Oさんの進行方向側からこちらに向かって、靴も履かずに早歩きでヒタヒタと通り過ぎる素足が視界に入った。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
写真はイメージです(写真/Shutterstock)

(え!?)

すぐにOさんは顔を上げて後方を振り返ったのだが、現場内を裸足で歩いているような人物などどこにもいない。規制線の中に部外者は絶対に入れないし、鑑識作業中の事件現場を裸足で歩く警察官などいるわけがない。

辺りは暗く、警察車両やマスコミが使っているライトの灯りが常にチカチカしているし、光と影の錯覚でそう見えてしまっただけに違いない……しかしあんなにはっきりと足のように見えるもんなんだな……凄いな人間の脳ってやつは。

そんな事を思いつつ、鑑識作業に戻った。