珠玉のネタが満載の名著たち

中溝 永谷脩さんの『プロ野球歳時記 グラウンドにこんな奴らがいた』(04年)も活字野球の魅力がぎっしり詰まった一冊です。雑誌『Number』に連載されていた、1200字程度の短いコラムを集めたもので、余計なものをそぎ落とした渾身のネタのみ。シンプルな文体も読んでいて心地いいです。

『プロ野球歳時記 グラウンドにこんな奴らがいた』
永谷 脩 文藝春秋 2004年
『プロ野球歳時記 グラウンドにこんな奴らがいた』
永谷 脩 文藝春秋 2004年

―印象的だったネタを教えてください。

中溝 例えば、93年の日本シリーズで「(西武の)辻(発彦)一人にやられた」と思ったヤクルト・野村監督が、彼の弱点を探ろうと『出身県で分かる日本人診断』という本まで探し出して調べていた、とか。あるいは、落合さんが中日の選手時代に、監督の星野仙一さんに対して一歩も引かず、チームでただ一人、年賀状を出さなかったとか(笑)。永谷さんは長編も面白いですが、短編でこそ魅力が際立ちますね。

田崎 永谷さんは、ぼくが編集者だった頃に親交があった方で、よく飲みに連れていってもらっていました。ある晩、永谷さん宅のソファで寝ていると、「イチローもそこで寝ることがあるんだからヨダレ垂らすなよ」と言われたことがありました。取材に同行すると、どこの球場でも用具係や球団職員から「永谷さーん!」と声をかけられ、横浜ベイスターズの権藤博監督(当時)も、リーグ優勝直後に囲み取材をスルーして、永谷さんとバーで飲んでいました。

野球への愛情が深く、温かい方でしたから、いろんな人と関係を築き、選手や監督の懐に入り込んで貴重な証言を引き出せる。だからこそ、彼が繰り出すネタは最高に面白いんです。

ここ10年でぼくが読んだ野球ノンフィクションのなかで「これが一番」と思わせられたのは、中村計さんの『勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の三連覇』(17年)です。

『勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の三連覇』
中村 計 集英社 2016年
『勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の三連覇』
中村 計 集英社 2016年

―田中将大投手を擁し、史上初の甲子園三連覇まであと一勝と迫りながら、〝ハンカチ王子〟斎藤佑樹の早稲田実業に敗れた駒大苫小牧高・香田誉士史監督の実像に迫ったノンフィクションですね。

田崎 初優勝、連覇と栄光を重ねるほどに、香田監督の張りつめた感情がひしひしと伝わってきました。もともと「陽気な青年」だった香田監督が、初優勝を境に「温かな部分が雲散霧消」し、「むき出しになった神経のように過敏な男」に変貌していく様が克明に描かれています。

取材対象者としてどんどん扱いづらくなっていく香田監督に対し、著者が粘り強く、丁寧に、ときに執念深くアプローチしていく様には圧倒されましたね。

―飛行機に乗るときウンコをもらしたシーンを記事にしていいかと著者が確認した際の、香田監督の反応は読者の笑いを誘いつつ、ふたりの関係性をよく表している気がしました。