長渕派か、矢沢派か

田崎 そう、活字野球にも〝長渕派〟か〝矢沢派〟かっていう側面があって。言ってしまえば、同じバカでもぼくは矢沢派ですから、ポジティブなバカに惹かれるんです(笑)。

ぼくはアメリカ文学が好きで、中高生の頃にはアーネスト・ヘミングウェイやポール・オースターらの著作を夢中で読みました。その根底にあったのはニューヨークへの憧れです。

当時のぼくにとって、とりわけ50~60年代のニューヨークはカッコよく映っていました。その空気感を見事に描き出している作品が、デヴィッド・ハルバースタムの『男たちの大リーグ』(JICC出版局 93年)。ぼくが素直に「好きだ」と言える数少ない作品のひとつです。

『男たちの大リーグ』 
デヴィッド・ハルバースタム 著 
常盤新平 訳 
JICC出版局 1993年 宝島文庫2000年
『男たちの大リーグ』 
デヴィッド・ハルバースタム 著 
常盤新平 訳 
JICC出版局 1993年 宝島文庫2000年

中溝 なるほど。田崎さんが清原さんに惹かれない理由が、少しわかった気がします(笑)。僕も何年か前に『男たちの大リーグ』を教科書的に読んだのですが、村上春樹さんの初期作品のような乾いた文体が、ちょっと馴染めなかったんですよね……。

田崎 ハルバースタムは、50年代のアメリカ社会を多角的に描いたノンフィクション『ザ・フィフティーズ』など数々の話題作を手がけた作家で、ピューリッツァー賞を受賞した報道記者でもありました。そんな彼が、ジョー・ディマジオ率いるヤンキースと、テッド・ウィリアムズ率いるレッドソックスが優勝争いを繰り広げた49年のアメリカン・リーグの戦いを克明に描いたのが、この作品です。想像や思い入れを極力排し、取材で見聞きした選手たちの性格や発言、振る舞いから、それぞれの個性をドライに描写しました。

たとえば、後に監督にもなる捕手のヨギ・ベラがポテン・ヒットを打ったとき全力で走らなかった。結果、シングルヒットになり、試合を落としてしまったシーン。

〈その回の攻撃が終わってベラがプロテクターをつけていると、チャーリー・ケラーがそばにやってきて「ヨギ、具合でも悪いのか?」と尋ねた。

「いや、別にどこも」とベラは答えた。

「じゃあ、なんで全力で走らなかったんだ?」とケラーは問い詰めた。無駄口をきかないケラーの口から出た言葉だけに、厳しいものがあった。リンデルもさっそくケラーといっしょになってベラを責める。ベラは助けを求めるようにディマジオの方を見た。何と言っても、同じイタリア系というよしみがある。しかし、ディマジオは、そのベラを、ぞっとするような冷たい目で見つめ返した〉

勝負にこだわるヤンキースの選手たちの雰囲気を無駄な言葉を使わず、見事に描写しています。