地元では『ビッチ』呼ばわり、渋谷や原宿に憧れ
「故郷の前時代的な価値観が今でも苦手です」
そう語るのは現在、東京都内のアパレル業界に勤める澤田さん(仮名、女性、35歳)。服飾関連の専門学校への進学を機に、18年前に地元の鹿児島を離れ、上京を決めた。
「小さい頃からテレビに映っていた渋谷や原宿、表参道のキラキラした都会の街に憧れがありました。高校時代からファッションに目覚めたんですが、網タイツを履いたり、へそ出しファッションをしただけで、『ビッチ』呼ばわりされる地元に嫌気が差して…。
都会に出たら同じように個性的なファッションや洋服好きの人と出会えるんじゃないかってどんどん都会への想いが増していきました」(澤田さん、以下同)
進学の際には、福岡・大阪・東京の三択で迷っていたというが、5歳年上の兄が就職で東京に働きにでたため、『お兄ちゃんもいるし大丈夫かも』と、東京の専門学校に進学することを決めた。
慣れない都会の生活に最初はホームシックに陥ったというが、半年過ぎた頃には気の合う友人もでき、憧れだった渋谷や原宿に好きなファッションで遊びにいったりして青春時代を謳歌した。
上京して驚いたことはあるか、と尋ねてみたところ、
「鹿児島の中でも僻地のド田舎で育ったので、もちろん高い建物に目を奪われっぱなしでしたし、人の多さにもドラマの台詞みたいな関東弁にも、人込みをスムーズにすり抜けていく都会の人々にも驚きました。
でも一番は、専門学校の飲み会で男性の先輩が率先して料理を取り分けている姿を見たときですかね(笑)。いわゆる昔ながらの“九州男児とそれを一歩引いて支える妻”みたいな家庭で育ってきたので、『えっいいのかな…』って心底驚きましたし、人前で彼氏をディスる女友達と、その横でへらへら笑っているその彼氏の姿にも驚きました(笑)」