『水滸伝』はビジネスに役立つ?
しかし、それでも『水滸伝』は中国において重要なコンテンツだ。なかでも近年目立つのが、なんとビジネスの側面から『水滸伝』を取り上げる言説である。
たとえば、中国の検索エンジンで、企業マネジメントや人材開発に関連するキーワードと「水滸」を組み合わせて検索すると無数の結果が引っかかる。
「『水滸伝』における企業経営マネジメントの道」 「『水滸伝』の宋江は企業マネジメントの視点からどう考えるべきか」 「『水滸伝』宋江の人材活用術」
いずれも記事の内容は薄く、梁山泊における出自を問わない人材の登用や、「義」の意識で貫かれた組織文化を称賛するといった、ありきたりな内容が目立つ。
だが、『水滸伝』を組織論として読む発想が、中国ではごく自然らしいことはわかる。理由はおそらく、『水滸伝』の梁山泊の組織やそのメンバーの描写が、他の古典作品と比べても、現実の中国人の組織や行動のパターンとして圧倒的なリアリティがあるからだ。
これは他の作品に登場する組織と比較するとわかりやすい。
たとえば、『三国志演義』の蜀は、「漢の再興」を目指す劉備のもとに集った、忠誠心に篤い諸将の集団だ。『西遊記』の三蔵法師一行についても「天竺に経典を取りに行く」という明確な目標と、高位の存在である観音菩薩の命令という逆らえない事情がある。
つまり、劉備チームも三蔵法師チームも、目的意識を持った立派なリーダーのもとに明確な上下関係が存在し、協力してミッションを達成するモチベーションを持つ人たちが自発的に集まっている。そういう設定を与えられた理想的な組織なのである。
一方、『水滸伝』の梁山泊に、組織としての明確な目的はない。「王朝への忠義」は、集団の規模が大きくなってから後付け的に唱えられただけだ。リーダーの宋江も、『演義』の劉備や三蔵法師のような聖人君子タイプの人物ではない。
『水滸伝』の108人の英雄豪傑はそれぞれ我の強いお山の大将で、個人的な義理人情の枠を超えて組織や国家のために働こうという意識はあまりない。梁山泊を選んだ志望動機も、積極的に惹かれて加入したというより、「仲のいい人(義兄弟)がいるから」「罪を犯して逃げ場がないから」といった個人的かつ場当たり的なものが多く、組織の上下関係もゆるい。
だが、これは中国のローカルな社会で仕事をした経験がある人なら「あるある」と感じる話だろう。中国の一般労働者は、上司の個人的な子分でもない限りは組織に対する忠誠心が弱く、自己都合ですぐに転職する。入社理由にも、日本の就活生のような熱っぽさはまるでなく、その時点の自分のレベルに応じて入れるところに入っただけだ。
中国には「一個中国人是条龍、三個中国人是条虫」(中国人は一人ならば龍だが、三人寄ると虫になる)という俗語がある。個々人の能力は高くてもチームプレーが苦手な中国人の特徴を表す言葉だ(これは自国のサッカーナショナルチームが弱い理由としても、中国人自身の間でよく語られる話である)。
『水滸伝』は小説とはいえ、好き勝手に振る舞う個性の強い豪傑たちが、明確な理念もなく集まった梁山泊という非常に中国的な組織を、リーダーの宋江がそれなりにまとめて一定の成果をあげた貴重なケーススタディとして読めるのだ。
確かに、学べるものは多そうである。
#2 毛沢東が演説で引用するほど愛した『水滸伝』に対して、最晩年には猛烈な“批判キャンペーン”を繰り出した背景とは に続く
文/安田峰俊 画像/Wikimedia Commons