共同構築されるネット怪談

「ネット怪談」という言葉には、まだ学問的な定義はない。ここではひとまず「インターネット上で構築された怪談」としておこう。「構築」といっても、ネット怪談が創作だとか捏造だとか、そういうことではない。

広い意味で、さまざまな物事がつながり、関係を持ち、組み合わさった結果として、目に見えるかたちで(知覚できる状態で)何かが現れるということである。

物事の種類によって構築のされ方は多種多様であるが、ネット怪談に関しては、名称のとおり「インターネット上で」という部分を厳密に受け取ってみたい。つまり、主要部分がオンラインで構築されている怪談が「ネット怪談」だということである。

「構築」の一例として、2022年に映画化もされたネット怪談「きさらぎ駅」を見てみよう。

恒松祐里が主演した映画『きさらぎ駅』
恒松祐里が主演した映画『きさらぎ駅』
すべての画像を見る

一般的にきさらぎ駅として知られている話はというと──深夜、ある女性が通勤電車に乗っていたところ、いつの間にか知らない路線を走っており、「きさらぎ駅」という聞いたことのない駅に着いた。降りてみたが、時刻表も何もない。携帯電話は通じるものの、自分がどこにいるのかまったく分からない。周辺をさまよい、ようやく人を見つけ、さいわいにも車で近くの駅まで送ってもらえることになった。だが車は山のほうに向かい、運転手の男性も意味不明な言葉をつぶやきはじめる。その後の女性の行方を知る者はいない──。

この文章だけならば、本屋で売られている怪談本に載っていたり、怪談ライブで語られたり、映画で再現されたりすることもあるかもしれない(文字化も音声化も映像化も構築の一形式である)。

だが、初出の匿名掲示板「2ちゃんねる」までさかのぼってみると、きさらぎ駅は、特定の作家や演者だけで構築できるものではなかったことが分かってくる。

始まりは2004年1月8日の午後11時、2ちゃんねるのオカルト板にあるスレッド(※1)に投稿された「気のせいかも知れませんがよろしいですか?」という一文だ(この投稿者は、後に「はすみ」と名乗る)。

このスレッドは「身のまわりで変なことが起こったら実況するスレ26」といい、文字通り、超常現象や心霊に関係しそうなことが生じたらリアルタイムで報告することができる場だった。

投稿者のはすみは、自分の「身のまわりで変なことが起こった」ような気がするので、他のスレッド参加者(「住人」という。大半は匿名)に伺いを立てたのである。すぐに「取りあえずどうぞ」という返信があった。

以降、はすみは「先程から某私鉄に乗車しているのですが、様子がおかしいのです」から始まる状況説明を十数分おきに書き込んでいく。それに対して、スレッドの住人が、疑問やアドバイスを投げかけていく。

たとえば彼女は「きさらぎ駅」のほかに「伊佐貫」という地名も発見するが、これが不可解さを深めていくのは、ネットで検索してもそのような固有名詞が一つも出てこないという報告が、他の人々からなされるからである。

おそらく書き手が最初から最後まで一人(はすみ)だけだったなら、きさらぎ駅や伊佐貫といった場所名が存在しないはずのものだという恐怖は、本人にとってさえ生じづらかっただろう。

元は実況スレだった
元は実況スレだった

スレッドには次々と、はすみの置かれている状況の異常さに気づき、警告したり、110番を勧めたりする書き込みが投稿されていく。そうしたアドバイスが空振りに終わることもまた、彼女の身の安全についての不安感を高めることにつながる。

そして何よりも、異世界に迷い込んだ女性とこの世界の人々とのやり取りは、電波が届くかぎり、どこであっても(なぜか異世界であっても)通信ができる携帯電話のインターネット機能抜きではありえないものだった。

それがあったからこそ、はすみが緩やかに異世界の泥沼にはまっていく様子を、住人たちは歯がゆい思いをしてながめ、想像することができた(できてしまった)のである。