かつて震災を描くことを避けてきた理由

安達の出身地は京都。阪神大震災は高校3年生の時に経験した。

「地震の揺れは感じましたが、どちらかというと対岸で起こった火事みたいな距離感だったんです。救援物資を届けるなどの経験はしましたが、どこかで”経験していないよその人間”という負い目がありました」

NHK入局後も「自分が神戸の震災を語っていいものか」という葛藤から折り合いがつかず、題材として避けてきたという。向き合うことを決意させたのは、『心の傷を癒すということ』で出会った精神科医・安克昌の存在だった。

人も街も傷つかないことは不可能。そこからどう受け入れ、立ちあがり、癒していけるかを示すことが、映像作品にできることだという。

阪神・淡路大震災 で被災した兵庫県長田区の様子(1995年1月撮影)  写真/首藤光一(アフロ)
阪神・淡路大震災 で被災した兵庫県長田区の様子(1995年1月撮影)  写真/首藤光一(アフロ)

「無理するな、よく休め、マイペース、メシは食え」

これは、安達が師匠と慕う映画監督・林海象(はやしかいぞう)氏から伝授され、大切にしている言葉。

「みんな真面目だし、優しいし、がんばりすぎなんですよね。『無理しなくてええねんで』というメッセージを、この映画に込めたかったのかもしれません」

映画が誰かにとってのお守りになれば

ただし、「しんどい表現をちゃんとしんどく見えるように作った」安達には、一抹の不安もある。

「今実際に苦しんでいらっしゃる方がご覧になったときに、余計にしんどくなってしまわないかという不安はあります。ただ、最後まで見ていただければどこかに救いは感じていただけるはず。

震災があった場所に暮らす人たちの局所的な物語ではありますが、『わかる、わかる。こういう苦しさってあるよね』と共感してもらえたらうれしいですし、誰かにとってのお守りのような映画になればと願っています」

取材・文/松山梢

映画『港に灯がともる』

【阪神・淡路大震災から30年】震災を伝え続けたい世代と、知ることを重荷に感じる世代に生まれるギャップ…被災していない若者の心の傷とは?_4

1995年の震災で甚大な被害を受けた神戸・長田。かつてそこに暮らしていた在日コリアン家族のもとに生まれた灯(富田望生)は、在日の自覚が薄く、震災の記憶もない。父(甲本雅裕)や母(麻生祐未)から語られる家族の歴史や震災当時の話に実感を持てず、どこか孤独と苛立ちを募らせていた。震災で仕事を失った父は家族との衝突が絶えず、家にはいつも冷たい空気が流れていた。そして姉・美悠(伊藤万理華)が持ち出した日本への帰化をめぐり、家族はさらに傾いていく。

2025年1月17日(金)より新宿ピカデリー、ユーロスペース他全国順次公開

出演:富田望生  麻生祐未 甲本雅裕
監督・脚本:安達もじり  脚本:川島天見  音楽:世武裕子
製作:ミナトスタジオ  配給:太秦