なぜ金蹴りの大会が生まれたのか
「デパートメントH」は鶯谷にある東京キネマ倶楽部で毎月開催され、あらゆる性癖の人々が集まる日本屈指のアングライベントだ。「変態の夜会」の異名を持つほど広く界隈に認知されている。
その後、いおりん氏は運命の出会いをする。
「2度目に参加したとき、金蹴られ侍シンジさんに会いました。当時から有名人だった彼の睾丸を蹴ることになったのですが、金属でも蹴っているかのような硬さでまったく歯が立ちませんでした。生来の負けず嫌いである私は、『いつか彼に膝をつかせてやろう』と思ってトレーニングを開始することにしました」
だがその後も連戦連敗。そう語る、いおりん氏はなぜか清々しい顔をしている。自らのイベント“ドSのいおりん独裁政権”を旗揚げすると、盟友となったシンジ氏に加え、各地から睾丸自慢の猛者たちが参加してくれた。
いおりん氏は金蹴りについて、こう話す。
「なにも知らない人がみたら、女性が男性を一方的に虐めているようにみえるでしょう。もちろん、双方の同意がない場合はただの暴行であり、到底許されません。私たちは犯罪行為を決して許容しません。
翻って、世の中には、痛みでしかコミュニケーションができない、あるいは痛みを伴う意思疎通の方がスムーズな人たちが存在します。
なりを潜めるように働いて、社会の同調圧力に耐えながら、性癖を悶々と抱える“マトモに擬態した人”がたくさんいます。たいてい、一般社会には馴染めず、心の距離を感じて孤独と戦っているんです。自分の性癖が嫌悪されることを察知して、打ち明けるのを諦めてしまう優しい人たちです。
私は、そんな人たちの居場所を作りたいと思ってイベントを立ち上げました。どんな自分でも許されて、愛してもらえる場所があっていいのではないでしょうか。これからも私は、彼らとともに安心できる場所を耕していきたいと考えています」
社会には、温厚な顔をして他人の性的自己決定権を奪い取る不届き者が、今なお野放しにされている。他方、いわゆる”変態イベント”に参加する者たちは互いを尊重し、規則のおよぶ領域において性癖を開放する。
幼い頃にいおりん氏が経験した性被害体験が、現在の“玉狩り”にどう通じているのか、知るよしもない。だが、痛みでしか会話のできない朴訥な人々のために、彼女は過激な愛情をあふれるほど注いで心を満たす。
前編 「タマの大きさが女性の手のひら超え」ひたすら金蹴りを食らわせる「玉狩り大会」に潜入…そこで見えてきた、参加者たちの“まさかの顔” はこちら
取材・文・撮影/黒島暁生