じつは砂上の楼閣だったアサド政権

それは、これまで政権側を強力に支援してきたロシアが、今回ほぼ何も支援をしなかったことだったという。2015年以降、ロシアは、イランやレバノンの武装組織ヒズボラなどと共に、アサド政権の後ろ盾となってきた。

特に、ロシア空軍による空爆の影響は大きく、これまでと同様にロシア軍による空爆が行われたなら、反体制派による進撃は止まっていたかもしれない。空軍を持たない反体制派にとって、空からの激しい攻撃は致命的だった。

しかし、ロシア空軍による空爆はほとんど行われず、反体制派はその機を逃さなかった。〝アサド政権打倒〟を掲げて南下を続けると、12月5日には中部のハマを、さらにシリア第三の都市ホムスを占領。ついには首都ダマスカスへと進軍した。

勢いに乗った反体制派には、多くの賛同者が合流して膨れ上がり、もともと士気の低かった政府軍を圧倒していった。さらには、シリア各地に点在する反体制派勢力もこの動きに呼応し、アブ・ムハンマド・ジャウラーニーという一人のリーダーのもとで、政権の打倒を掲げて団結をした。

そうしてダマスカスで何が起きたのかを、私たちは知っている。それは歴史的な出来事として語り継がれていくだろう。民衆の力が、半世紀以上続いた独裁政権を倒したのだ。

市民に対し強権支配を行い、ロシアやイラン、ヒズボラなどの軍事協力によって安定を保っていたかのように見えたアサド政権。

しかし、こうした協力者たちが国際情勢の変化のなかで力を失い、その手を引かざるを得なくなったとき、最後までアサド政権のために戦おうとした者は、ほぼ皆無に等しかった。

堅固に固められていたかのように見えた支配体制は、協力者たちの存在によってそう見えるよう取り繕われていただけで、その手が引かれたとき、あっという間に崩れ去ってしまう砂上の楼閣だった。

12月8日を境に、シリアは今後、大きな転換を迎えていくだろう。故郷を離れていた何十万、何百万もの人々が、次々とシリア帰還の準備を始めている。また、これまで政権が自らを守るために隠し続けてきたものが、次々と明るみになりつつある。

国際人権団体が「人間食肉処理場」と指摘した、シリアの首都ダマスカス近郊のセドナヤ刑務所で収監された人を捜す人々
国際人権団体が「人間食肉処理場」と指摘した、シリアの首都ダマスカス近郊のセドナヤ刑務所で収監された人を捜す人々

政権に反する言動を行った者たちへの非人道的な扱い、刑務所での囚人の拷問や殺害。人々が長らく、いかに深刻な抑圧に耐え続けてきたのか。一体シリアで何が起きてきたのか。その過去を検証し、より良いシリアを実現するための模索が、人々の手で始まっている。

「いつかまた、シリアに帰ろう」。この13年、写真家としてシリア難民の取材を行ってきた私が、幾度となく、耳にしてきた難民たちの言葉。その言葉が、現実のものとなる日が、今、訪れようとしている。

文/小松由佳 写真/共同通信社