「僕のような年齢のものにもそんなことあるんですか?」
3年前の秋だった。大学病院の診察室は殺風景だがなんとなくワクワクする。
普段、仕事以外で人と会うことがほとんどないので、相手が医者であっても誰かと会話できるのは内心ちょっと楽しみなのだ。
「あなた、ADHDとASDね」
「は?」
最初は何を言われているのか分からなかった。
この病院の精神科部長である男性医師はこちらと目を合わせようとせず、壁際に置かれたデスクに向かったまま、パソコンを弄る指先と口だけ動かしている。
「それって……発達」
「そう。発達障害、注意欠如多動症と自閉症スペクトラム症、かなり強い傾向を示している」
当時58歳。その時点で過去10年、不眠、脇汗、震えなどの症状に悩まされて、近所のメンタルクリニックに通っていたが、この間の病名は確か不安障害だった、はず。
経済的に不安定なのが通院の原因であり、暮らしぶりが好転すれば治るだろうと信じ込んでいた。
だが、一向に症状がよくなることはなく、ある日、そのクリニックの院長が突然、引退してしまった。
仕方なくこの大学病院に転院してきたのだが、思いもよらぬ診断名に動転した。
その頃は発達障害について何も知らなかったのだから仕方ない。
ビル・ゲイツみたいな天才か、若い人の病気なんじゃないか、くらいの知識しかなかったのだ。自分はギフテッドでもなんでもない。単なるお金がない中年男だ。
「僕のような年齢のものにもそんなことあるんですか?」
「歳は関係ない!」
医者の語気が荒くなった。内心、こっちは患者なのだからもう少し丁寧に接してくれてもいいじゃないかと思った。
「どうしたら治るんですか?」
当たり前の疑問を投げかけてみたが、答えは、「治らない」と素っ気ない。
「はっ」声にならないため息のような音を出してしまった。
医者は正しかった。後で知ったのだが、発達障害は生まれつきの脳の癖と生育環境が原因で発生するものであり、寛解することはないのだ。
その点、一時的なストレスによって発生する、うつや不安障害とは異なる。今ではそのことはよくわかっているが、このときは医者のぶっきらぼうな言い方に狼狽した。