最大のピンチを乗り切った斎藤知事だが…

同じ日の百条委で挙げられたもう一つの問題が、Aさんの処分の妥当性についてだ。3月27日の「公務員失格」などの発言が、Aさんの公務員人生を全否定する「究極のパワハラ」(百条委メンバーの竹内英明県議)だとの認識が広がっていたためだ。

そもそもAさんは、4月4日に県の窓口で公益通報手続きを取る以前の、3月12日に告発文書を郵送した時点から公益通報者保護法の保護対象として不利益を与えてはならない存在だった。

「文書の存在を把握した斎藤知事が片山氏らに行なう指示は、告発が事実かどうかの確認であるべきだったのに、知事は最初から“犯人探し”を求めました。不正が指摘されたのが自分だったからでしょう」(フリー記者)

Aさんの処分に至る決裁文書(撮影/集英社オンライン)
Aさんの処分に至る決裁文書(撮影/集英社オンライン)

斎藤知事は、告発文書は「誹謗中傷性が高い」「真実相当性が低い」と非難し、このためA氏には公益通報者保護法は適用されないとの独自の主張を続けている。この言い分に絡む問題は9月6日の次回百条委で知事本人に質される予定だが、8月30日の同委でも関連する質疑があった。

質疑では、斎藤知事が3月27日の記者会見で「Aさんを懲戒処分する方向なのか」と聞かれ「今後の調査結果次第ですが、本人も作成と一定の流布を認めているので、懲戒処分を行なうことになると考えています」と答えていたことが俎上に載せられた。

県の懲戒処分指針では処分の公表は事後と定められ、予告は認められていない。「知事発言は禁止された予告ではないか」と尋ねられた斎藤知事は、「違反するかどうかは今コメントをすることは差し控えたい」と答弁を拒否した。

百条委設置の根拠である地方自治法100条は、証人が証言を拒めるのは本人か配偶者、それらの近親者らが刑事訴追を受ける恐れがある場合などに限られている。答弁拒否の理由を質されれば知事はこれを理由に挙げるしかなく、緊張は一挙に高まったはずだ。

ところがこのとき、当の質問者も奥谷謙一委員長も答弁拒否の理由を確認しようとしなかった。エアポケットにはまり込んだかのように知事はこの日最大のピンチを切り抜けていった。

百条委で発言する斎藤知事(撮影/集英社オンライン)
百条委で発言する斎藤知事(撮影/集英社オンライン)

だが、問題の会見があった3月27日前後に知事や側近がAさんを潰しにかかり、規定に外れたことをした痕跡はほかにもある。

百条委メンバーの丸尾牧県議が入手した3月26日付人事決裁書類によると、Aさんの県民局長職解任や3月末に決まっていた定年退職を認めないとする決裁は部長や局長が行なっているが、県の規定ではAさんのレベルの幹部の異動や退職の決裁権者は知事と定められている。

決裁の日付はAさんのパソコンを押収した翌日だ。急いで決裁を進める中で、定められた知事決済を省略したということなのか。斎藤知事は証人尋問で、当時の心中を説明している。

「私は最初にあの文書(Aさんの告発文書)を見たときに大変ショックでした。もともと私も彼(Aさん)とは(かつて知事が総務省勤務中に出向していた)宮城県にいたときくらいから知っていた仲で、よく飲んだりもしてたんですけど、どうして同じ仲間で一緒に仕事した人がこういう文書を書いて撒いたんだろうと、本当に悔しい、つらい思いがありまして、ああいった表現を3月27日にさせていただいたということです」(斎藤知事)