編集に切り取られても揺るがない演技
――はじめてのエンタメ小説である『地面師たち』はテーマや物語もそうですが、キャラクター造形も非常に明快で入り込みやすいです。そのあたり、新庄さんは執筆時にどの程度意識されたんでしょうか。
新庄 執筆前の打ち合わせで編集者からは「『オーシャンズ11』みたいな感じですかね」というアイデアが上がったんですが、個人的にそれは腑(ふ)に落ちなかった。たしかにプロの犯罪集団だし、一人ひとり特技に根ざしたキャラを設定する方法もありましたが、そっちよりも人間ドラマを僕は描いてみたかった。そこで主人公である拓海は、根っからの悪党ではなく、光の世界から闇に堕(お)ちていくことにしました。そのほうが読者も感情移入しやすいですしね。
綾野 拓海の闇への導入は、演じるうえでも意識しました。拓海を演じるにあたって、一番重要だったのは「心の経年変化」を体現することです。これは原作から読み取ったことですが、人が生きながらにして滅びるというのは、どういうことなのか。その滅びの過程を、心の経年変化で表したかった。演じているとき、役者は編集でどこを切り取られるのかわからないわけですが、今回はどこを切り取られても、拓海の心の経年変化だけは絶対に表現できるように。それを常に念頭において演じていました。
新庄 拓海の心の経年変化は、見た目の変化でも表していましたよね。
綾野 はい。家族と幸せに暮らしていたときの柔らかな身なりから、すべてを奪われて髪の毛も伸ばし放題になる。そこから地面師になると感情がなくなり白髪が増えている。メガネも重要なアイテムでした。レンズというフィルターを通すことで、世界を見たいように見ることができる。言い換えれば裸眼で現実を見ることができないギリギリの境地に拓海がいることを、メガネでも表現しました。
豊川 拓海は非常に難しい役だったと思います。でも現場での綾野君は役と向き合って、一つ一つのネジを締めていくように細かく細かく調整し、役をものにしていました。他の作品でも共演してきましたが、綾野君はいつもとことん自分を痛めつけている。結果を出すためには、ここまでしなければいけないんだということを体を張って見せてくれる稀有(けう)な存在です。長生きしてほしいんですけどね。
綾野 ありがとうございます。
豊川 ここまで痛めつけているのを見ると心配になりますよ(笑)。
新庄 豊川さんとしては、拓海という役の難しさってどのような点から感じるんですか。
豊川 拓海は自分をおとしいれた悪への復讐を半ば無意識に行っているわけですが、綾野君が演じるとその復讐劇がマスターベーションに終わらず、しっかり観客が共感できるものになるんです。
復讐ってとても個人的なものじゃないですか。自分の苦しみは誰にも理解してもらえない。だったら自分の手で仕返しする。リベンジとはそういう極めて利己的な行動なわけです。だけど、エンターテインメントにおける復讐者は、その利己的な動機を、観客にシンパシーを抱かせながら実行しなくてはならない。その共感の余地をどうやって作っていくかは役者の力量にかかっている。綾野君はそういう微妙なバランスで成り立つ役を的確に演じられる数少ない役者なんですよ。