「なぜ地元の恥をわざわざさらすのか」
話を佐渡に戻そう。韓国側にすれば、軍艦島などの世界遺産登録に際して譲歩したのに、はなはだ不満足な情報センターでお茶を濁されてしまったという思いがある。そのため、佐渡金山の世界遺産登録にあたっては、韓国は早い段階から難色を示していた。そこで岸田政権は大胆な歩み寄りをして、佐渡金山の世界遺産登録にこぎつけた。
さて、今回のユネスコの会議における佐渡金山の扱いについて、2024年7月27日午前の動画を見てみると、30分ほどの会議の終盤で、日韓がそれぞれ4分間ほどのスピーチをしている。この席上、登録国以外がスピーチをすることは珍しく、それだけユネスコはこの問題に関して、韓国の立場を尊重していると言える。
日本側はこのスピーチで朝鮮人労働者に対する配慮に満ちたコメントを述べるとともに、朝鮮半島出身者を含む労働者への追悼行事の実施や、過酷な労働に関する啓発活動を行う意向などを表明した。それを受け、韓国側も日本が20世紀前半に展開していた朝鮮半島への搾取を指摘したものの、日本が嫌がる「強制連行」という言葉の明示は断念した。
このやりとりは一見、日韓が協調しているように見えるが、実際には日本側が大胆な歩み寄りをしたという点で、韓国側の外交的勝利と言えるのではないだろうか。
筆者は地元紙の新潟日報などに、「搾取や環境破壊など、佐渡金山の歴史の影の展示をすべき」というコメントを寄せており、本来ならこの決着に喜ばないといけない立場なのだが、この動画を見ると拭い難い違和感が残ってしまう。
世界遺産登録を睨んで、佐渡には「きらりうむ佐渡」という展示施設が作られている。その展示では佐渡金山の技術的先進性については強調されているものの、鉱山施設が有する搾取性や環境への悪影響などについてはまったくといってよいほど言及がない。
また、佐渡ヶ島での朝鮮人労働の実態についても、長年にわたって調査研究してきた称光寺住職の故林道夫氏から、「なぜ地元の恥をわざわざさらすのか」という批判を長期にわたって浴びたという経験談を聞いたことがある。朝鮮人労働については触れられたくないというのが地元、佐渡の空気だったようだ。
にもかかわらず、こうした地元の空気を無視して日韓の政府レベルでいきなり政治的妥協に至ってしまった。佐渡の人々にとってはいわば、「不意打ち」ともいえるのではないだろうか。
それだけに、今後はさまざまな問題が生じてくることが予想される。今回日本政府が公式に朝鮮人労働者を含めた追悼行事を行うことを表明したために、徴用工などの問題を扱う団体の支援者がより多く現地を訪れるのではないだろうか。
また、カウンターとして右翼や保守派の政治団体も集うことになる。そうなれば、佐渡金山は地元の人々の願いとはかけ離れた政治運動の場所になりかねない。佐渡の人々がこうした対立を背負い込む覚悟で登録を目指したわけではないだろう。