ドーハの悲劇と「プレクーリング」 

そもそも長谷川さんが「アイススラリー」の研究に携わることになったきっかけは1993年の、いわゆる「ドーハの悲劇」だという。ワールドカップ初出場がかかったカタール・ドーハでの試合で、サッカー日本代表が試合終了間際に対戦相手のイラクから同点弾を決められ、出場権を逃してしまった試合だ。

勝ち切れなかった原因のひとつに日本代表が現地の暑さに対応できず、後半から運動パフォーマンスが落ちたことがあげられている。当時、横浜国立大学大学院でスポーツ科学を研究していた長谷川さんは、テレビを観ながら悔しい思いをしたという。

「厳しい暑さの中でもパフォーマンスを維持できるようなアイテムがあれば」

それから約31年、現在のスポーツの現場では熱中症予防やパフォーマンス維持のための「プレクーリング(プレエクササイズ・クーリング)」という概念が提唱・実践されている。暑熱環境での運動には体温の上昇や脱水症状が大きく関わってくるため、それを見越した“事前準備”が重要だという概念だ。

「暑さ対策としては『水分補給』や『暑熱順化』(日常生活の中で、運動や入浴をすることで汗をかき、体を暑さに慣れさせること。数日から2週間程度かかるとされている)などが挙げられますが、『身体冷却』も大切な要素のひとつです。

運動開始後は活動量が高まり、体温が上昇してしまうため、認知能力などの運動時のパフォーマンスが低下してしまいます。特に脳を含む身体の深部体温の上昇は致命的な症状を引き起こしかねない。そこで準備の段階であらかじめ身体を冷やして体温を抑えることで、可能な限り運動の質を維持させようというのが、プレクーリングの考え方です」(長谷川教授)

長谷川教授と大正製薬は、共同研究によってアイススラリーが「深部体温」の上昇を抑える効果があることを確認した。深部体温が高くなりすぎると熱中症になったり、認知能力が下がり、運動時のパフォーマンスが低下したりするという。「暑くて頭がクラクラする」といった症状は、まさに深部体温の上昇によって引き起こされる症状だ。

正常な深部体温
正常な深部体温

「アイススラリーは少しドロっとした、氷に液体が混ざったような飲料です。冷蔵庫から出したスポーツドリンクなどよりも冷たいうえ、氷の粒子がとても小さく流動性があるので、水や氷よりもはるかに効率的に深部体温を冷却することができます。

また、アイススラリーには運動に必要な電解質(塩分などのミネラル)やエネルギー、糖質も一緒に摂取できるというメリットもあります。水分補給をしながら身体を冷却し、同時にエネルギーや糖質も摂取できるという、複数の効果を持ち合わせているのがアイススラリーの特徴です」(長谷川教授)

さらに、アイススラリーは手で揉みながら摂取するが、このアクションも身体の冷却に大きく関わっているという。

「手のひらや頬といった無毛部には、毛細血管のほかに、動静脈吻合(AVA血管)が通っています。暑い環境下ではこの血管が開いた状態になるのですが、そのときに血流量が多くなるんです。なので、アイススラリーを手のひらで揉んであげることで、冷えた血液が心臓へ戻り、冷やされた血液が身体全体に循環することで身体を効率よく冷やすことができます」

素早く身体を冷却できることから、アイススラリーはスポーツの現場だけでなく、日常生活における熱中症予防等にも十分効果が期待できる。

ただし、長谷川教授は「現在商品化されているアイススラリーは、一般的なスポーツドリンクよりも3倍くらい多く糖分が含まれるので、摂り過ぎには注意が必要」と付け加えた。

まだまだ厳しい暑さが続くと予想される今年の夏。特に炎天下で活動する必要があるときには、ぜひアイススラリーで熱中症対策を行なってみてはいかがだろうか。

取材・文/毛内達大