「こんな音楽は今まで聴いたことがない」

そして1973年5月25日。レコード会社のヴァージンは、初めてのアルバムを4タイトル同時リリースした。グラム・ロック全盛時代において、『チューブラー・ベルズ』のような、歌のない45分もののインストゥルメンタル作品がどう歓迎されるか、それは無謀な賭けのようなものだったに違いない。

最初の2週間、セールスはやはり死んだも同然。しかし、オールドフィールドが全身全霊を注ぎ込んで完成させた新しい音楽に胸打たれていたブランソンは“売り込み”を開始。

ほどなくして、ラジオDJジョン・ピールが自らの番組で全曲流し続けるという“事件”が起きた。ヴァージンが放送時間を買ったのではない。「こんな音楽は今まで聴いたことがない」とDJが感銘を受けたからだ。

2023年5月26日発売『チューブラー・ベルズ [50周年記念エディション] [SHM-CD]』(UNIVERSAL MUSIC)のジャケット写真。ヴァージン・レコード第1回新譜としてリリースされ、全英1位/全米3位を記録。映画『エクソシスト』の主題歌に起用されたことで世界的ヒットとなり、1974年のグラミー賞でベスト・ポップ・インストゥルメンタル賞を受賞したことも
2023年5月26日発売『チューブラー・ベルズ [50周年記念エディション] [SHM-CD]』(UNIVERSAL MUSIC)のジャケット写真。ヴァージン・レコード第1回新譜としてリリースされ、全英1位/全米3位を記録。映画『エクソシスト』の主題歌に起用されたことで世界的ヒットとなり、1974年のグラミー賞でベスト・ポップ・インストゥルメンタル賞を受賞したことも

これを機に注文が増え始め、話題となっていく中、6月25日にはクイーン・エリザベス・ホールで『チューブラー・ベルズ』のコンサートが大々的に計画される。しかしその当日、ブランソンは20歳になったばかりの“主役”から、思わぬ言葉を聞かされる。

「リチャード、僕は今夜のコンサートには出られないよ」
「……おいおい、すべての準備は終わってるんたぜ」
「でも、できそうにもないんだよ……」

「彼は死んだような囁き声で繰り返した。私は絶望感が波のように押し寄せるのを感じた。マイクはその気になれば、私と同じように頑固だということを知っていた。すべてのコンサートがアレンジされ、チケットは完売で、テレビの放映も了承されていることを忘れようと努めた。そういうことを説得の材料に使おうとしても、マイクをより意固地にさせるだけだった」