コロナ禍に発足した「甲子園夢プロジェクト」

ところが、この生徒は真剣だった。久保田監督が教えれば教えるほど技術を吸収し、投球の飛距離が伸びていく。さらに、それまでソフトボールとかけ離れたお遊びをしていた他の生徒も、徐々にまとまってきたのだ。

「そのとき、気づいたのです。『障害のある子にはできない、難しい』と決めつけていたのは大人のほうであって、彼らは真剣に向き合えばどこまでも成長するということに。

危険に結びつきやすいものを生徒から遠ざけるときに『危ないから』という慈悲深い言い訳が用いられますが、それは管理する側の都合である場合もあります。しっかりとした管理を行ったうえで、彼らが真剣に打ち込める環境を整備するのが私たちの仕事なのではないかと思うようになりました」

投球練習の様子
投球練習の様子

こうした体験を経て、久保田監督は養護学校ソフトボール部監督に着任し、2000年から7連覇を含む都大会通算14度の優勝という偉業を成し遂げる。

久保田監督はその人生を高校野球に捧げてきた。ある特別支援学校での面接の一幕はいまだに覚えているという。

「その学校で『硬式野球部を作りたい』と話すと、管理職の顔が曇りました。『安全面が心配なんだ』というのですが、どうすれば安全に行えるかという建設的な議論はできませんでした。安全に行える方法を管理職内で真剣に検討した様子もありません。

特別支援学校に通う生徒も、『勝ちたい』と思う気持ちはあります。そこに健常者と障害者の線引きはありません。『危ないから』という理由だけで勝ち負けの土俵にも上げてもらえない現実をどうにか変えられないかと思案しました」

チーム内でのミーティングの様子
チーム内でのミーティングの様子

現状を打開するため、2021年3月に発足したのが、前述の『甲子園夢プロジェクト』だ。日本全国の特別支援学校に通う生徒のなかから「硬式野球をやりたい」という子どもをつなぐネットワーク。コロナ禍だったので、リモートを活用して練習会を実施した。それでも久保田監督には、参加者の”熱”が確かに届いた。

「参加者や保護者の方に話を聞いてみると、やはり『小学校までは野球をやっていたけど、障害を理由にプレーできる場所がない』『通っている特別支援学校に硬式野球部がない』という声が多くあがりました。『甲子園夢プロジェクト』にかける期待がよくわかり、改めて彼らがのびのびとプレーできる環境を作りたいと襟を正しました」