「1955年という時代考証には合わない」しかし、美術監督はお構いなし
「1955年にタイムスリップする映画に取り組んでいるので、楽器を貸してほしい」
ノーマン・ハリスが映画の小道具のスタッフから、そんな相談を受けたのは1984年のこと。映画に求められていたのは、その当時に少しだけ“近未来的”に映るギターだった。
「すぐに私の中で閃いたのが、ノブの仕様やP-90ピックアップの斬新さがうってつけだと思える〈ギブソンES-5スイッチマスター〉だった。私は小道具の責任者にそのギターを見せた。彼はそのクールで個性的なデザインを気に入り、抱えていたイメージにパーフェクトに合うと判断した」
〈ES-5スイッチマスター〉には2100ドルの値札がついていたが、その責任者は買取ではなく、週300ドルでのレンタルを要求してきた。
しかし、レンタルされたギターはそのまま9週間が経過。経費がかさむことを心配したノーマンは、そろそろ買い取ったほうが得だろうと提案したという。
ところが「映画に豊富な予算があるので心配は無用」だと、小道具の責任者はその提案を軽く受け流した。
10週間が過ぎると、今度は小道具係が「10週間分のレンタル料を払うので、違うギターを探してくれ」と言ってきた。「ワミー・バーもしくはトレモロ・アームのついた、赤いギターを使いたい」というリクエストが入ったのだ。
ノーマンはいずれの要望も「1955年という時代考証には合わない」という事実を突きつけた。しかし、美術監督はそういったルールなどお構いなしで、とにかくどんな種類のワミー・バー付きの赤いギターが在庫にあるのかを知りたがった。
「そこで私はギターを何本か挙げた。グレッチ6120を1本と、グレッチ・レッド・ジェット・シリーズのギターを1本と、最後にビグスビーのトレモロ・アームが付いた60年代初頭の〈ギブソンES-345TDC〉を提案した」