世の中には言ってはいけないことがある
キャップをかぶり、深々と頭を下げる女性。メガホンを携えた「監督」という言葉のイメージからほど遠く、腰が低い。そしてよく笑う女性だ。
「昔から、人の情感に触れるのが好きなんですよね。『今、心が動いたな』っていう瞬間に立ち会いたいんです。そして、セックスという“欲にまみれた行為”をしているときの人間の我を忘れる感じ、隠しきれない獰猛さ、そんな衝動を直に感じられる作品を作りたかったんです。
私が監督としてこだわったのは、作り物のなかでもリアリティを演出することです。なるべく素人っぽい女優さんを起用し、あえて事前に入念には打ち合わせを行わず、男優さんにリードしてもらう。そして“生っぽい”反応をカメラに収めることを心がけました」
きっしー氏が本格的に性に目覚めたのは小学生のころだという。
「同級生の男の子が“エロいワード”みたいなのを言っていて、それを国語辞典で調べて『こんな世界があるのか』と思ったのがきっかけでした(笑)」
小学校の同級生はクラスメイトのほとんどが猥談で盛り上がるようなマセた子ども揃いだった。よって、名門・桜蔭学園中学校に入学してからは世間の常識をやや知ったという。
「やはり私立中学校ということもあり、育ちのいい子が多かったのもあって、『世の中ではこういうことは言ってはいけないんだ』と学びました(笑)。ただ、なかには私みたいなキャラクターをおもしろがってくれる子もいましたけど」
女子御三家筆頭の名門校を卒業した秀才であり、あけすけで溌剌とした笑顔が脳裏に強く焼き込まれる。
だがその生い立ちに驚かされた。
「母はヒステリーを起こしやすい人で、父は仕事に行く以外は自室に引きこもって家族との交流をあまり持たない人でした。
大きな声で怒鳴ったり物を投げたりが日常茶飯事だった母の気性の激しさは、幼少期の私には恐怖でしかありませんでした。今でも、ストレスを感じると耳鳴りが治まらなくなるときがあります。
忘れもしない幼稚園児のとき、私は自殺をしようと試みました。家族が嫌いすぎて、生きているのが嫌になったんです。でも、『なんで私が死ななきゃいけないんだ』って思いとどまりました」