スピード競技はシンプル。大橋悠依から学んだ“近道”とは
「東京大会では、自分でコントロールできないことに対して不安になっていました。スピード競技って、自分が100%の実力を出せたとしても、相手が速ければ、相手が勝つし、相手が自分より遅ければ、自分が勝つ、すごくシンプルなんです。相手がどれぐらいのタイムで漕いでくるのか、自分が何位か、そこは自分でどうにもできないんですよ。なのに、あぁ予選ビリだった、ダイレクトで決勝行けなかった、どうしよう、ってそこに対して緊張してしまっていました」
コントロールしきれなかったメンタル。解決のヒントをくれたのは、同じく水上で0.01秒差にしのぎを削るアスリートだった。「先日、競泳の大橋悠依さんとオリンピックの日本代表が決まるときの話になって、上位3人が0.04秒差の中にいて、みんなオリンピックに行きたいし、実力も拮抗している。『その時、何が勝敗を分けると思う?』って。すごくビビッとときたのが、“自滅しないこと”。レースはシンプルなのに、泳ぐ前に『思い描いたレースができない』って思い悩んでどんどん自爆していったらもう確実に負けると。自滅しないで自爆しないで、やることをやっていくことが、一番勝利につながる近道なんだ、という話を聞いたときに、すごく心に響きました」
大橋選手とは手術後のリハビリ中にトレーニングセンターで出会った。
「水泳とカヌーは似ていて、タイム競技だし、ルールも大体同じだし、漕ぐスキルも一緒。道具が挟んでるか、挟んでないかというところの違いぐらいです。泳ぎ、漕ぎに対する考え方が、あーなるほどねと思える部分がたくさんあって、それを惜しみなく話してくれるんです。ふざけてるときの顔と、競技の話になった瞬間の顔が全然違うのも面白くて大好きです(笑)」
自分の“軸”を作って、パリで力を出し切りたい
「今、パリに向けて自分の“軸”を作りたいと思っています。以前はインタビューもスラスラ流暢に答えられたけど、それは、期待されている答えを反射的にしゃべっている感じでした。でも今、東京が終わって色々あって、それでもカヌーを選びました、っていうときに、自分の胸の真ん中に“軸”がなくちゃいけない。人の理想像に合わせるんじゃなくて、自分の中の基準をしっかり持って、よい自分も悪い自分もちゃんと外に出せるようにって。何を基準にって言われると難しいけど、自分にとって、幸せか幸せじゃないかというところかなと思います」
「今、幸せかどうかっていったら、もう、日々の中は幸せじゃない方が多いです。怪我もあったし、他のいろいろなこととかも大変なときの方が多いですね。ちょっと整合性はないけど、それがリアルなのかなって思います。でも自分にできることをやり切りたい。パリの目標は、レースで自分の力を出し切るっていうこと。今までやりきったなと思えるレースは数えるほどしかないので、やりきった、出し切れた、というレースができたら、一つ自分が満足できるのかな。
自分ができる最大限―――100%は絶対無理なんです、だけど100%に限りなく近い準備をして大会に臨むことが、私達ができることなので、それを確実に、正確にやることが一番大切だなと思っています」
考えながら言葉を選ぶようになった。そして自分の“軸”で選んだ「パリへの道」をまっすぐに進む。
写真/越智貴雄