パフォーマンスとインスタレーションの境目なく存在するような舞台芸術を作ろうと考え、『TIME』というタイトルを掲げ、あえて時間の否定に挑戦してみました。
(2023年新潮社刊『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』より抜粋)
坂本龍一
坂本龍一が生前最後に手がけたシアターピース
2023年は、数多くのアーティストの訃報が我々の耳に届いた。
大橋純子、もんたよしのり、高橋幸宏ら1970〜80年代に活躍したベテランに加え、KAN、BUCK―TICKの櫻井敦司、X -JAPANのHEATH、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTのチバユウスケといった、1990年代に頭角を表した、まだまだ若いといえるアーティストまで。
なかでも3月28日、日本の音楽シーンに大きな足跡を残した紛れもないレジェンド、坂本龍一の訃報は、多くの人々に衝撃を与えた。“教授”と呼ばれた坂本が生み出した数々の音楽と重ねて、自身の青春や人生を思い起こし、深い悲しみとノスタルジーにとらわれた人も多かったろう。
その1年後の命日にあたる、今年3月28日より、坂本龍一が人生の最後に手がけたシアターピース「TIME」が開幕する。
「TIME」は、1999年に約4万枚が即完売した公演「LIFE a ryuichi sakamoto opera 1999」に続き、坂本が全曲を書き下ろした作品で、コンセプトと創作にあたって、アーティストグループ・ダムタイプの高谷史郎を迎えた。
2017年から約4年の製作期間を経た本作は、2021年、坂本がこの年のアソシエイト・アーティストを務めた世界最大級の舞台芸術の祭典「ホランド・フェスティバル」(オランダ・アムステルダム)で世界初演され、高評価を得ている。
暗闇の中、雨音だけが響く客席空間に足を踏み入れれば、水鏡のように舞台上に揺らぐ水面と、精緻な映像を写しだすスクリーンに目を奪われる。
「こんな夢を見た」の語りで始まる夏目漱石の「夢十夜」(第一夜)、「邯鄲」、「胡蝶の夢」といった一連の物語と溶け合うテキストとともに紡がれる本作を包括するテーマは「時間」だ。
ダンサーの田中泯と石原淋、笙奏者の宮田まゆみらによる圧巻のパフォーマンスとサウンド、インスタレーションとヴィジュアルアートのすべてが、光と水が交錯し幻出するいくつもの「夢」とともに、劇場空間で融合する。
衣裳デザインにソニア・パーク、音響FOHエンジニアにZAKら、錚々たる著名クリエイターを迎えたシアターピースはまさに唯一無二の時間と空間を与えてくれることだろう。