実家近くの親戚や近所の人を頼る

むしろ、「呼び寄せ同居」にはリスクのほうが大きいでしょう。ただでさえ、歳をとれば誰しも記憶力が落ちます。また、脳の前頭葉の機能が落ちると新しい環境への適応能力も低下します。そうした状況で、離れて暮らす親御さんを初期の認知症の段階で引き取ると、おおむね認知症の悪化につながることは間違いないでしょう。

「リロケーション・ダメージ」という専門用語があるほど、住み慣れた環境を離れることはストレスや適応の障害の原因になり、認知症を悪化させます。

特に、田舎から都会への呼び寄せ同居は、かなりの確率で失敗すると言えます。元々住んでいた土地であれば多少なりとも近所付き合いがあったものが、都会への引っ越しでそれが失われてしまう。それは、新たな環境に適応しにくい高齢者や認知症患者にとってのダメージは大きいでしょう。

新しい場所に馴染めず、やがて外出しなくなり、認知機能や運動機能が衰えれば、それまでできていたことができなくなるのは容易に想像がつきます。そうであれば、「呼び寄せ同居」のリスクを負うより、今の家にお互いが住み続けながらできる対策を考えるほうがいいのです。

ある程度以上、認知症が進んだり身体機能が衰えてきたりしたら、公的介護保険の訪問介護サービスなどの利用が考えられます。そうなる前の段階では、たとえば親御さんの住む家が遠方で、月に1回や半年に1回程度しか様子を見に行けないような状況なら、近くにいる親戚や近所の人にうまく頼るのはどうでしょうか。

「いや本当に申し訳ないのですが、僕が仕事の関係で半年にいっぺんくらいしか帰ってこられないので、うちの親を見てやってくれませんか」と頭を下げて、月に幾らかでも「本当に少ないのですが」と包んで渡してみる。相手は「お金なんていらないよ」と言いながらも、悪い気はしない人のほうが多いと思います。

そのようにしてひとり暮らしの親御さんの周囲の人と連携がとれ、目をかけてくれる人がいてくれるだけで、子供側の安心感もだいぶ違うだろうと思います。

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「今できること」を続ける

私は、初期の認知症はもちろん、何年かして中期に進んだとしても、大きな問題が生じていないときは、それまでのひとり暮らしを続けることが認知症患者にとって大事だと考えています。

毎朝、同じ時間に起きて、自分で布団をたたみ、お茶をいれて、飼い猫に餌をあげる──そうした何気ない日常の作業が、認知症の進行を遅らせることがわかっています。

一般的なイメージからは、「認知症のひとり暮らしは火の始末などが疎かになり危ない」と思われるかもしれませんが、実は、脳機能にとっては「今できること」を続けるほうがメリットが大きい。脳機能の低下で新しいことは覚えられなくなっても、自分の身の回りのことをする手順に関する記憶は残ることが多いからです。

そうした上で、近所の人や親戚などの周囲の「見守り」があれば、無事にひとり暮らしを続けてもらうことは十分可能なはずです。実際、地方には、認知症の症状が進んでいるのにひとりで元気に暮らすお年寄りが大勢います。

また、意外に知られていませんが、高齢者の場合、ひとり暮らしよりも家族と同居するほうがうつになるリスクが高く、自殺率も高いとの統計があります(福島県精神保健福祉センターHP「高齢者の自殺の実態」2013年掲載)。

「家族に迷惑をかけている」という自責の念が、本人を苦しめるのかもしれません。そうしたことからも、「呼び寄せ同居を拒否する」親御さんの判断は、間違っていないと言える場合が多いのです。