間違えて買付けした『アメリ』を大ヒットさせた名物・映画宣伝マン、バツ3で600人以上の女性経験を持つ性豪、自己破産して倉田真由美の旦那になった、リアルだめんず……そんな紹介を受けて、先輩から「週刊プレイボーイ」誌の連載「叶井俊太郎の試写日記『タダ見ですけど、何か?』」の担当を引き継いだのが15年前のこと。
破天荒なエピソードの数々に恐る恐るやりとりを始めてみると、そんな触れ込みを覆す、真摯に映画と向き合う「仕事人」叶井さんの顔に圧倒された。毎週なんでも歯に衣着せず、忖度なく映画を批評するその原稿には、入社2年目の若造としては半泣きになることもしばしばあったが、とにかく自分が「おもしろいと思うこと」に対して頑なに正直な姿勢が印象深かった。
「あの映画の最初の題字が出るところがかっこよかった」
「音楽がよすぎてサントラ買っちゃったよ」
「あの映画は全然おもしろくないね」
会えばいつもそんな風に映画の話ばかりしていた叶井さんとの仕事で忘れられないことがある。それは2011年3月の連載でのこと。
【連載「叶井俊太郎の試写日記『タダ見ですけど、何か?』」vol.36『ONE PIECE 3D 麦わらチェイス』の回】
(中略)それはともかく、くらたまも同じ漫画家ということで、
「あんたの漫画で扶桑社の雑誌をジャックするとか、キャラもの描いてベストセラー出せない? で、10億円くらいの豪邸でも買ってくれよ!」
ってお願いしてみたら、
「ボケ!『ONE PIECE』は単行本2億冊突破で日本一売れてるの! 無理に決まってるでしょーが! てか、10億円の家とかいう前に私が貸した1千万円返せ!」
逆ギレされてしまった! いや~、マジな話『だめんず・うぉ~か~』最新刊が100万部とか売れてほしいもんだよ。
(「週刊プレイボーイ」2011年18号より)
いつものように叶井節全開であの『ONE PIECE』でさえ、バッサリ斬りつけてくるのではと戦々恐々としていると、「『ONE PIECE』はめちゃくちゃおもしろい漫画だ」とベタ褒めしていた。しかし、忘れられないのはその話ではない。ページを1枚めくったコラムで「漫画家が心に残る漫画を紹介するという連載」に登場した妻・倉田真由美さんが残したエピソードだ。
【連載「あの漫この漫」第14回・倉田真由美の回】
再婚するきっかけをつくった(!?)ジョージ秋山の漫画
(中略)──『ラブリン・モンロー』(ジョージ秋山)は連載中の90年代初頭には有害コミックに指定されてしまったそうです。
「それもあってか、割とすぐに絶版になったんです。連載終了後にハマったので、コンプリートするのに20年近くかかりました。最終巻の13巻がどうしても手に入らず、自分の連載の近況欄で募集したり、古本屋に入ると必ずチェックしたり、探すのがライフワークになっていました」
──その幻の13巻は、どうやって手に入れたんですか?
「実は(夫の)叶井さんが持っていたんです。彼の本棚に全巻そろっているのを見たとき、『なんでこれ持ってるの!?』って驚愕しました(笑)。連載当時から好きで、初版で買っていたそうです。例えば、持ってる漫画で『バガボンド』とか『ONE PIECE』がかぶることはあると思うんですけど、『ラブリン・モンロー』がかぶったのは衝撃的でしたね」
──おふたりの縁結び的な作品でもあるんですね(笑)。
(「週刊プレイボーイ」2011年18号より)
ジョージ秋山先生の絶版本を持っていた叶井さん、それを倉田真由美…くらたまさんが探していたということには驚かされた。なんと、二人を結びつけたのはジョージ秋山作品だったとは…。
もちろん『ラブリン・モンロー』だけが、二人の結婚の理由ではないとは思うが、どんなに少ない部数の本にでも1冊の本で人の人生が変わる可能性があるという事実がうれしかった。
結局、連載はその後すぐに打ち切りになってしまったが、終わってからも節目節目で声をかけてくれた。そして、10年が経ち、叶井さんは2022年6月に医師からステージ3のすい臓がんで余命半年と宣告されている。
宣告を受けてからも叶井さんは最後まで仕事人だった。変わらずに映画の仕事をする傍らで昨年10月には書籍『エンドロール! 末期がんになった叶井俊太郎と、文化人15人の“余命半年”論』(サイゾー)を刊行した。集英社オンラインでは刊行に際してインタビューを行っている。その際、取材の冒頭で叶井さんにこう言ってみた。
「昔、叶井さんは歯に衣着せず好き勝手書いたんだから、今日はどんな聞きにくいことでも聞いてもいいですか?」
叶井さんは「いいよ」と答えた。その代わり、ただひとつだけ「おもしろい記事にしてくれよ」といった。そして、最後の取材中もいつもと変わらず、「地獄ってどんなところだろうな (笑)」とおどけてみせた。
その後、「食人族」の記事が年間ランキング2位だったことを報告すると「マジ?すごいね」と喜んでくれたこと。
会うたびに「おまえ最近おもしろい仕事してるか?」と聞いてきたこと。
昔、暗い顔していると「今日はオレがおごってやるよ」と飲みに誘ってくれたこと。
過ぎ去った日々の何気ないことがつい昨日のことのように思えます。
抗がん剤や外科手術を拒否して最後まで仕事に没頭した叶井さん。
自分の「おもしろい」を貫き、友情に厚い「仕事人」だった。
文/集英社オンライン編集部