慧眼

2014年、名人戦の勝者は羽生。羽生はライバルの森内を4勝0敗で破り、史上初となる3度目の名人復位を決めた。羽生名人が誕生したのは同年の5月21日。羽生と森内は43歳になっていたが、2人の名人時代はまだまだ続くように思われていた。

その年の6月、関西奨励会の第2例会で、ある記録が誕生した。11歳11か月の藤井が奨励会の初段昇段を決めたのだ。これは、今の奨励会規定ができてからの最年少初段昇段記録である。その直後の7月に私は中原誠十六世名人と将棋ライターとしても知られた故・河口俊彦七段との名人戦をテーマにした対談の司会をした。その一部を紹介しよう。

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鈴木 たとえば、名人は次の名人を予言するということはあるのでしょうか。木村義雄名人は大山名人を後継者と認めて引退しました。中原先生が奨励会の三段時代、山田道美九段が、「マコちゃんを大山さんにぶつけてみたい」と言ったという話があります。

また、中原先生が王位戦の記録係を務めた谷川浩司三段を見ながら、「今のうちに谷川君の色紙をもらっておくと価値が出るよ」と言った話があります。羽生名人は奨励会初段時代に「将来の名人候補」と書かれました。将来の名人というのは見る人が見ればわかるものでしょうか。

中原 まあ、谷川さんや羽生さんは誰しもが認めていたからね。

河口 羽生さんが出てきた時、「谷川君も長くないよ」と中原さんが言った。今、そういう若手がいないでしょ。

鈴木 一般的には、三段リーグや若手の層が厚く競争が厳しくなったと言われますが。

河口 そんなの30年前にも言われていた。三段リーグも昔からあったし、昔だって棋士は絞られていたんだ。多分、次の名人は渡辺明だろうけど、彼ももう30になった。皮肉なことに、レベルが落ちてから名人になることになる。羽生と森内が13期連続?これだって、人材不足の証明だよ。

鈴木 今の若手はなかなか生きのいいうちにA級にたどりつけません。

中原 名人になるには20代前半でA級になるのが条件。それは昔から言われていた。豊島君も去年は惜しいところで昇級を逃したね。

河口 豊島は王将戦で挑戦者になったでしょう。そこでさっさとタイトルを取っちゃわないとダメなんだ。広瀬だってさあ、王位になってあとが続かないのがダメなんだ。中原さんは渡辺の将棋をどう見ますか。

中原 彼の四段時代に初手合いがあったけど、感想戦が見事なんでびっくりした。理路整然と勝ち筋を指摘された。あの解説は有名でしょう(笑)。

河口 確かに竜王9連覇はすごいけど、最近は往時の勢いがないし、どうも頼りない。結局、今年も森内が挑戦者になりそうでしょう。こんなに次の名人が見えない時代はないよ。

鈴木 今は天才天才と騒がれていてもいつの間にか埋もれちゃう時代。ちなみに、名古屋の杉本門下の藤井聡太君というのが奨励会初段の最年少記録を作りました。11歳。彼は10歳の時、詰将棋解答選手権で上位入賞をしていて、一部関係者の間では次の名人と言われています。

中原 ほう、そんな子がいるんだ。今は情報がたくさんある時代だから、そういう子がどんどん出てきても不思議じゃない。

河口 今は初段まで行けば、すぐに三段までは行くから、それは面白い。ついでに言うと、今の三段リーグは弱いと思うんだな。それは新四段の成績を見ればわかる。みんな苦労しているもん。しかし、やっと出てきたか。

中原 僕も谷川さんも羽生さんも13歳初段でしょ。木村名人も12歳初段、大山先生も14歳初段。まあ、時代が違うとはいえ、11歳の初段が有望なのは間違いない。

河口 四段昇段の年少記録を持っている加藤一二三、谷川、羽生はみんな三段リーグを指していないから早かったということもある。藤井君が14歳で四段になるためには11歳のうちに三段まで行ってほしいね。三段リーグがあると、どうしても1年や2年は無駄足食うってことがあるから。

今振り返ってみても、さすがに中原十六世名人と河口七段の指摘は的を射ている。残念ながら、慧眼を見せた河口七段はその後の藤井の成長を見ることなく、2015年に亡くなった。