「大阪でウケなさすぎて、関西弁がトラウマ」

――札幌での漫才の評判も上々で先輩芸人からの評価も高かったおふたりは、札幌支社所属の頃から東京や大阪に出張することもあったそうですね。ただお笑いが盛んじゃなかった北海道の一道民としては、お客さんの熱量に圧倒されそうですが……いかがでしょう?

タカ 東京のウケはまずまずでしたが、大阪はてんでダメでした。

実は1995年にデビューした後、大阪の難波グランド花月(NGK)に1週間毎日立たされていたんですが、全然ウケなかったんです。

トシ 関西弁をしゃべらない時点で見てくれない。東京の先輩芸人が漫才を披露しても笑ってくれず、「よそ者が来た!」というか、お客さんのお笑いに対するプライドがものすごく高いと感じましたね。

タカアンドトシ結成30周年、“お笑い不毛の地”だった北海道での青春と「関西弁を話す人を見るだけで鳥肌が立った」若手時代の大阪トラウマ_4
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――お笑いの本場といえば大阪ですし、お客さんの圧も強そうです……!

タカ だから大阪はそれ以来トラウマになっちゃいました(笑)。もう関西弁を話す人を見るだけで鳥肌が立つようになって。大阪の笑いは侮れないな、怖いなと。

トシ 大阪に対する苦手意識がなくなってきたのは、最近になってからですよ。30年かけて大阪のお客さんも笑ってくれるようになったので、「ようやくか…!」としみじみとしています。

後編へ続く〉〉後編『タカアンドトシが語る「欧米か!」誕生秘話と今だから言える本音』

取材・文/中田 椋/A4studio 撮影/下城英悟