香箱ガニを店先で食べさせてくれた人、和ぐるみの食べ方を教えてくれた人
それらの海産物が自宅に届いた頃も僕は旅を続けているはずなので、自分では食べることができない。
でもどうしても輪島産の海の幸が食べたくなった僕は、また別の露店で、食べやすくバラして茹でてある香箱ガニを買った。
車に戻ったらすぐに食べてみようと思ったのだ。
ちなみに妻が即座に反応した香箱ガニとは、ズワイガニの雌の石川県での呼び名。
11月〜12月の時期に、限られたエリアでしか獲れないという一種の“幻のカニ”で、食通の間ではとても人気が高いものなのだそうだ。
グルメにはめっきり疎い僕には初耳だったが、そんなに貴重なものならこの機会にぜひ味わってみようと思った。
香箱ガニを一パックだけ買って立ち去ろうとする僕に、その店のおばちゃんが声をかけてきた。
「お兄さん、自分で食べるんでしょ。いま食べてったら?」
そして露店の正面に立つ建物を指差し、「あそこ、うちの店だから。中で食べてっていいよ」と割り箸をくれた。
誰もいないその店の中に入り、机と椅子を借りて香箱ガニを食べてみた。
これがまあ、美味いのなんの。
プリプリして柔らかい肉は濃厚な旨みに溢れ、ツブツブの卵をカニ味噌に絡めて食べると最高の味わいだった。
グルメに疎いので食レポはこんな凡庸なもので申し訳ないが、本当にチャンスがあったら、香箱ガニはぜひ食べてみるべきものだと思う。
香箱ガニを堪能した僕は食後、露店のおばちゃんに「最高に美味しかったです。ありがとうございました」と礼を言うと、「そうでしょ!」と嬉しそうに笑い「また来てください〜」と手を振ってくれた。
輪島朝市のおばちゃんたちは、とにかくみんな元気で明るい。朗らかな雰囲気に包まれ、僕のような観光客もウキウキした気分になってくる。
そんな場所だった。
次に足が止まったのは、柿やぎんなん、梅干、とうがらしなど輪島の山の幸を売る露店だった。
気になったのは、そこに並べられている“輪島産くるみ”。
西洋くるみではなく、日本に古くから自生する和ぐるみのようだった。
ナッツ類が好物である僕は、この和製くるみが特に好きなのだが、なかなかまとまって売っている店はないので、「見つけた!」という感じだったのだ。
ネットにたっぷり詰め込まれてたったの200円。
喜び勇んで買い求める僕に、店のおばちゃんは「美味いよお、固いけどね」と釘を刺してきた。
そう言われ、考えてみると、家にはくるみ割り器などない。
西洋くるみだったら、隙間にスプーンの先を差し込んで少し捻ればパカンと割れるが、“オニグルミ”とも呼ばれる日本のくるみは殻が異様に固く頑丈で、そう簡単に割ることができないのだ。
そこで「どうやって食べればいいの?」と聞いてみると、おばちゃんは、そんなことも知らんのかねというような表情で目を見開き、「金槌で割らんと!」と言った。
「はあ、金槌ね……」と僕が少し考えあぐねていると、おばちゃんはわざとあきれたような声で「こりゃまあ、一年食べられないかもしれんわ」と言い、楽しそうに笑った。
なんだか僕も愉快になってきて、一緒に笑いながら「まあ頑張ってみますわ」と答えた。