日本のポップス史上における不朽の名作が誕生
ところが作詞を依頼していた松本隆の妹が亡くなったことなどの事情から、完成が大幅に遅れて、発売が秋まで延期されたのである。
そんなこともあって“夏のアルバム”に、予定していなかった“冬の曲”が入ってきた。
途中、諸事情で中断したために“冬の歌”も入れることにし、「シベリア鉄道」が出来た時に絵本とのセット販売のアイデアは却下となりました。しかし、アルバム・ジャケットは熟考の結果、当初通り絵本と同じ絵にしたのですが、最後の最後まで他の絵を使用するアイディアもあったのです(はっきりとした“冬の曲”が2曲も入っていることを考えたからです)。
こうした事情を経てアルバム『ア・ロング・バケイション』は1981年3月21日、通常のアナログ30センチLP盤として発売されることになった。
その結果、はっぴいえんど解散後に大瀧が興したナイアガラ・レーベルで培ったさまざまな音楽のエッセンスが、このアルバムに全て注ぎ込まれた。こうして日本のポップス史上における不朽の名作が誕生したのである。
レコード店にディスプレイされたレコードとポスターは、そのクリアな絵柄と色彩で邦楽売り場では圧倒的に目立つものとなった。壁に飾りたくなるようなアートワークは、30センチ角というLPレコードのおかげで鮮やかに際立っていた。
アメリカン・ポップスを想起させるカラフルなジャケットと、ナイアガラ・サウンドが合体してベストセラーになっていった状況を、大瀧自身が述べている。
その好評さは音楽を凌いだ感すらありました。「ジャケットで売れた」と当時盛んに言われたものでした。永井さんの絵、養父さんのデザイン、『ア・ロング・バケーション』というタイトル、そしてナイアガラ・サウンドと松本隆君の詞。どの一つが欠けてもあのような大ブームには至らなかったでしょうし、あれほどいろいろなものが相乗効果を次々と呼んだアルバムも類例は少ないと思います。
『ア・ロング・バケイション』のブームとナイアガラの快進撃は、永井博の絵と松本隆の詞を得た“冬の曲”である『さらばシベリア鉄道』がシングル・カット(『A面で恋をして』との両A面シングル)されて、さらに記録的なロングセラーになっていった。
文/佐藤剛 編集/TAP the POP
参考文献及び引用元
前田 祥丈編「音楽王~細野晴臣物語」シンコー・ミュージック
「スペシャル・インタビュー細野晴臣PART 2」(『Groovin'』2000年4月25号)
『デイジーホリデー』(inter-FM 2014年1月13日放送)
大瀧詠一氏の発言は、大瀧詠一著「All About Niagara」(2001年 白夜書房)からの引用