渋谷のガード下で見た光景

「僕たちは民衆なのに、権力者目線で戦争を語りすぎている」戦争の痛みを描き続ける塚本晋也監督が『ほかげ』と森山未來に託した平和への祈り_5
©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

──塚本監督は、子供のころに闇市の名残のような場所を見た記憶があるそうですね?

塚本 渋谷のマークシティがある場所は、かつて渋谷駅のガード下で、シートの上にガラクタを並べて売っていたり、傷痍軍人さんがアコーディオンを弾いていたりした場所なんです。

当時は子どもだったから、そこに戦争の影が落とされているとは思わず、おもちゃを物色したりして楽しんでいました。ただ傷痍軍人さんだけは「この人はどうしたんだろう?」と気になっていて。その記憶は自分にとって大事な原風景なので心に留めています。

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趣里が演じたのは、半焼けになった小さな居酒屋で身体を売って生計を立てる女
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生命力あふれる魅力的なテキ屋を演じた森山の存在感は必見
©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

──劇中では身体を売ることを斡旋された女、右腕が動かない謎のテキ屋、戦争孤児など、登場人物に名前がありません。唯一テキ屋だけ、後半に名前が明かされますが、監督が登場人物に託した思いを教えてください。

塚本 趣里さんが演じた女、河野宏紀さんが演じた復員兵、塚尾桜雅君が演じた戦争孤児などは、当時たくさんいました。みんな戦争の被害者なのに人間扱いされず、名前もあってないようなものだった。テキ屋さんも最初は謎めいた存在ですが、最後に彼に名前があることがわかる。僕はそこで観客のみなさんにほっとしてほしかったんです。

戦後の混乱の中、必死に生きている不特定多数の人たちにも、ひとりひとり名前がある。僕は脚本を書きながら、テキ屋の名前が出たときにダイナミズムを感じました。

──俳優さんたちの肉体から伝わってくるものが大きい映画だと思いますが、森山さんだからこそ託せた部分はありますか?

「僕たちは民衆なのに、権力者目線で戦争を語りすぎている」戦争の痛みを描き続ける塚本晋也監督が『ほかげ』と森山未來に託した平和への祈り_8

塚本 森山さんには、体から発するエネルギーの強さを感じます。大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』を見たときも、走っている姿に見入ってしまって。うまく言葉にできないのですが、力強さ、身体能力の高さ、バランス感覚のよさに圧倒されました。

ある日の撮影が終わったあと、コンクリートの上に敷き詰めた土をみんなで掃除をしていたんです。そしたら向こうから土煙をあげてダンプカーみたいなのが迫ってきて。なんだろうと思って見たら、森山さんでした(笑)。

土を掃きだすのを手伝ってくださったんですが、リズムカルな動きをしながらもすごい迫力で。『ほかげ』のDVDやブルーレイが出るときに、許可をいただいて収録したいくらいです。