大好きな吹奏楽を続けるために娘は受験を決意した

マユミが吹奏楽にはまればはまるほど、ある問題が生じた。中学生になったらいま以上の高いレベルで吹奏楽をやりたいとマユミが言い出したのだ。
しかしマユミが通うことになる地元の中学の吹奏楽部は部員が集まらず、ほぼ活動休止状態だといわれている。少しはましな公立中学に越境で入学できるか、役所に問い合わせてみたが、難しいと断られた。
引っ越しするしかないのだろうか……。どうしたものかと親子で頭を抱えていたとき、自宅からも近い、私立O林中学の吹奏楽部の演奏を聴く機会があった。やはり小学生とはレベルが違う。
また出会ってしまった。小五の夏、運命を変える出会いだった。
「私、O林中学に行きたい!」
希望を見つけたと、マユミの目が訴えていた。

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でもそのためには中学受験をしなければいけないことなど、マユミはまったく理解していない。
そこで茜はひらめいた。O林なら、吹奏楽部もちゃんとしているし、進学校としてもそれなりの実績を出している。これはマユミに中学受験をさせる恰好の理由になるかもしれない。そういう理由なら、夫も無碍には却下できまい。
「O林中学に行くには中学受験をしなきゃいけないよ」
「うん。学校のみんなもSピックスとかN能研とか行ってるから、私もできると思う」
マユミに中学受験をさせることは諦めていたが、これは千載一遇のチャンスである。しかも、本人の強い希望による主体的な中学受験。新四年生でだましだまし塾に連れて行くよりも、むしろこのときが来るのを待っていて良かったかもしれない。
「じゃあ、パパにはママから話してみるね」
「お願い!」
日曜日の午後、マユミが吹奏楽部の友達の家に遊びに行っているすきに、茜は夫に切り出した。
「O林中学の吹奏楽部がすごいって前に話したことあったでしょ」
「ああ」
「マユミが本気で目指したいんだって」
「中学受験するってこと?」
「そういうことになるわね」
「吹奏楽を続けるために、マユミが望んでいるなら、だめとは言えないけれど。こんな理由で結局中学受験をすることになるとは考えていなかったなあ」
「そうね」
「でも、O林がだめなら素直に公立中学に行くのが条件だよ。ほかも受けるなんて言い出したらきりがないから」
「私もそのつもり」
手応えは悪くない。学歴主義的に中学受験をするのは好きじゃないけれど、やりたいことのために、やりたいことができる学校を目指すのなら、鉄也も反対するつもりはなさそうだ。茜自身、いくら吹奏楽のためとはいえ、高い学費を払ってまでO林よりもレベルの低い私立中学に通わせるつもりはない。
塾代については、実際の相場よりも少なめに伝えた。家計の管理は茜がしているので、どこかで帳尻を合わせればバレない。
塾選びについては、茜が主導した。仕事を早く切り上げて、面談に行かなければいけないので、大変だった。
「娘は吹奏楽をやっていて、O林中学の吹奏楽部に憧れています。吹奏楽の練習も毎日あるので、できるだけ通塾日を少なくしたいのですが」
「O林であれば二教科で受けられます。四教科セット受講が基本になっている塾も多いですが、うちなら教科単位で選択できますし、個別指導との組み合わせも自由ですから、スケジュールの個別調整も可能です」
そう言ってくれたEゼミナールに決めた。
小五の九月から塾に通うことになった。国語と算数の二教科に絞って対策する。