「弟」を気遣う姉弟子
「10秒将棋で負けたのは痛恨でした」。藤井が冗談交じりに笑顔で漏らしたことがある。その対戦相手は、同じ杉本門下の室田伊緒。藤井の姉弟子にあたる。
2018年1月3日。杉本一門の新年初めての研究会が名古屋であった。室田が藤井と1手10秒の練習将棋を指し、角道(かくみち)を止めず、積極的に攻めを狙うゴキゲン中飛車戦法で勝利した。結果が関西将棋界に伝わると、室田の評価はグンと上がった。
2人の初対戦は11年12月までさかのぼる。奨励会に入る前に、アマチュア有段者が腕を磨く東海研修会に通っていた9歳の藤井と、女流初段だった22歳の室田がハンディなしの平手で対戦。室田が勝った。
「私が勝つと、師匠に『よく勝ったね』と言われて。私も女流プロなんだから、って思いました」。室田はそう振り返る。
杉本は毎年、一門で新年の研究会を開いている。「弟子たちにお年玉も渡したいですし」と杉本。
18年に続き、19年も1月4日に室田と藤井は10秒将棋を1局指した。ここまで1勝2敗だった藤井の勝ち。いずれも非公式戦とはいえ、対戦成績は2勝2敗の五分となった。一門ら8人は練習将棋を指し、豚汁をつくって夕食をとった。研究は午後11時ごろまで続いた。室田は「まるで家族みたいな、和やかな感じでした」と話す。
藤井が優勝した18年の新人王戦三番勝負。大盤解説会に出演した室田は、藤井の普段の姿についてあまり話さなかった。記者がその理由を聞くと、「姉弟子の私が何かしゃべって、藤井君の負担や邪魔になったらいけないと思った」。
この話を聞いた藤井は「気を遣(つか)っていただくのはありがたいですし、尊敬します」とうれしそうだった。