清水裕貴×小倉ヒラク 『花盛りの椅子』刊行記念対談「被災家具と微生物が交差するとき」_1

被災家具を題材に、震災の記憶といまを描いた清水裕貴さんの新作『花盛りの椅子』が刊行されました。
刊行に際し、発酵デザイナー小倉ヒラクさんとの対談が実現。 『発酵文化人類学』を上梓された小倉さんは、メジャーから超ローカルまで全国の発酵食品が生まれる現場を渡り歩き、微生物世界の探求を続けられています。 小説と微生物、一見交わらない二つを重ねてみると、人間界の「当たり前」から少しずれたワンダーが広がっていました。

撮影/大槻志穂 構成/山本ぽてと

被災家具の持つ「気配」

小倉  『花盛りの椅子』を読ませていただきました。

清水 ありがとうございます。

小倉 清水さんはもともと写真やデザインをされてきた方なんですよね。どうして小説を書こうと思ったんですか。

清水 美術を教えてくれた恩師の死がきっかけです。生きている間は、その人が存在しているから、その人の言葉も思想も気配も、ふわふわ空間に漂っている。でも人が死んでみると、世界から一気に成分が消えてしまったような喪失を生々しく感じました。そのときに、今まで自分がやってきた視覚芸術では、表現しきれないものがあったんです。だから小説を書いてみようと。

小倉 清水さんの小説は、物語より触覚にフォーカスが当たっていますよね。空間的な小説だなと思いました。特に面白いと思ったのは、この小説の中核に「気配」があることです。主人公の鴻池さんは被災家具の持つ気配を感じながら、リペアをしていきます。

清水 この「気配」と小倉さんのご専門である微生物とは関係があると思っていて。

小倉 おお、なるほど。

清水 小説の中では主人公が見る幻想のような形で気配を描写しています。ですがその気配というのは、微生物が深く関係しているのではないかと思っています。私はいま亡くなった叔父の家に住んでいるんですが、彼が30年以上住んでいた古いマンションで部屋がボロボロだったので、壁をはがしたり、天井を塗り替えたり、掃除をしたりリフォームをしました。古くなったものや汚くなったものを削って、綺麗にする作業を3カ月ぐらいかけてやって。

小倉 主人公の鴻池さんみたいですね。

清水 まさにそうです。そうすると、ヤニとか、ゴミとか、あと埋立地なので、潮の香りと、なんか謎の臭いとが混ざって、しみついていて。叔父の痕跡みたいなものがいっぱいあって。この空間には、私の普段の生活にはなかった物質が浮遊していると実感したんです。これって気配だよなと。古い旅館に行って、「幽霊がいるかも」と感じるときも、実は虫だったり、菌だったり、目に見えないけれども実在する小さなものたちの気配なのではないかと。

小倉 ぼくも清水さんの小説の生と死の在り方が、微生物っぽい、カビっぽいなと思ったんですよ。ぼくの専門は真菌類で、微生物のジャンルではいわゆるカビ類を学んでいます。カビは胞子として空気中に浮いていて、タネがエサのあるところに付着すると、根っこのようなものが出てきて、そこから栄養を吸い上げながら、草のように伸びていく。といっても、この草も根もぜんぶ、同じタネがクローンのようにモニョモニョつながっているだけです。

清水 では、ひとつのタネが草に成長するわけではない。

清水裕貴×小倉ヒラク 『花盛りの椅子』刊行記念対談「被災家具と微生物が交差するとき」_2

小倉 はい。だからタネであると同時に、個体でもある。ある程度の大きさになると、先端が破裂して、新たなタネが空中に浮遊して、またエサのある場所に付着して……と永遠に繰り返す。自分のクローンをつくり続けているので、どこまでが個体で、どこまでが個体じゃないのか、何をもって死と言えるのかの概念がぼくらとは違う。  
 微生物のことをやっていると、人間とは違うレイヤーで生死が見えてきます。ぼくは文化人類学的なフィールドワークもしているんですが、佐賀のある地域の盆踊りでは、死んだご先祖様が一緒に踊れるようにお面をつけて参加する。うっかり死んでもまた戻ってくると思われている。  
 だから人間が死んだら永遠に消滅するような感覚は、近代以前の日本にはなかったんじゃないか。そして、微生物をやっていると、より実感します。清水さんの小説の中でも、死んでいるはずなのに生きている状態だったり、生きているはずなのに死んでいる状態の人や物が象徴的に出てきますよね。カビっぽい在り方だなぁと。

清水 そうなんですよ。小倉さんの『発酵文化人類学』を読んで、私がふんわり考えていたことは、科学的にもわりと合っていたんだなと思いました。とはいえ、私はカビの知識を体系的に持たずに書いているんですけど。

小倉 いや、普通の人はカビの知識を体系的に持たないですよ(笑)。 広くて古い、微生物たちの世界 清水 私はお酒、特にワインが好きで。よく「酵母」と言いますが、特定の生物の名前を指しているわけではないんですよね。

小倉 狭義では、サッカロマイセス・セレビシエという生物種が「酵母」と呼ばれます。

清水 絶対に覚えらんねぇな。

小倉 広義ではすごく大きなジャンルで「類人猿」くらいの広さがあります。500種ほどが知られていて、その詳しい実態は研究者もよくわかっていません。

清水 同じブドウを使って、まったく同じように仕込んでも、蔵についている酵母が違うから、違うワインができる。そんな話を聞くたびに、すごいなぁと。

小倉 いま、友人の会社と一緒に酒蔵の微生物解析のプロジェクトに関わっているのですが、面白いですよ。「こいつ何やってんの?」「人間の足の裏にたまにいるやつが、いきなり発生している」と。人間が想定する「役に立つ」とは違う世界が広がっている。
 そして醸造の方たちとお付き合いをしていると、まさに「気配」を感じる力がすごくあるんです。ぼくも現場に入って、仕込みをやりまくっていると、だんだん菌の気配がわかるようになってくるんです。「あ、あいつら、今喜んでいると」。

清水 菌が見える能力を持つ主人公が活躍する、『もやしもん』の世界ですね。

小倉 そうそう。『古事記』に好きなエピソードがあって。いちばん最初に天と地ができて、神様が出現します。その4番目に出てきたのが宇摩志阿斯訶備比古遅神(ウマシアシカビヒコヂノカミ)と言って、直訳すると「美味しいカビのイケメン」。これって酒をつくるためのカビじゃんと。

清水 カビの神様! 昔の人は偉いんだな。普通に暮らしていたら、だいたいは有害なカビの方が多いわけですよね。その中でお酒をつくるものを「カビ」と名付けられるのがすごいと思います。

小倉 そうした感覚を、『古事記』の時代の人たちは、わりとナチュラルに持っていた可能性がある。現代人が遠ざかっている感覚です。でも発酵の現場にいると、ぼくたちはそういう気配を感じ取る力が潜在的にあるんだろうなと実感しますね。

清水裕貴×小倉ヒラク 『花盛りの椅子』刊行記念対談「被災家具と微生物が交差するとき」_3
清水裕貴氏