アラサー女性の息苦しさを私が書くしかない

――原作の小説『つんドル』を書こうと思った理由や、当時、発信したいことは何だったのでしょうか?

ひとつめの理由は、アラサー女子を救済するコンテンツが少なかったこと。私が20代後半を迎えた当時、インスタグラムを中心に「キラキラした日常を発信する」ブームがすごかったんですけど、そんな渦中にいたアラサーの私は綺麗事だけでは生きていけなかったし、精神的にも経済的にも苦しかった。その生々しい実態を、誰かが発信しなければと思ったんです。

SNSでの「結婚のご報告」ブームにイラついたり、友達の結婚を素直に喜べない気持ちは、ネットを探してもなかなか見つからない。それなら、「私が書こう」と思いました。

そして2019年のある日、ネットメディアの編集者さんから「なんでも良いので、いま大木さんが思っていることをエッセイに書いてくださいと依頼をいただいたとき、『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』というタイトルが頭に浮かんだんです。記事の配信後から、ツイッターで、「元アイドル」や「ササポン」というキーワードがトレンド入りしたり、出版社さんやテレビからの反響も多くて、メディアの方々もこういうコンテンツを欲していたのだと感じましたね。

56歳の“赤の他人のおっさん”と同じ家で暮らした記録を私小説にした大木亜希子が本当に伝えたかったこと。「アラサー女子を救済するコンテンツを書きたかった」_3

ササポンと暮らすことで自信を取り戻していった

――ササポンさんとの日々がなかったら、まったく違う今がありそうですね。

私は、幼い頃から芸能界にいて、もともと負けず嫌いな上に、誰かに認められたい、嫌われたくないという気持ちが強かったので、「元アイドル」という肩書をなくした時に、「自分とは何者か」が分からなくなり、とても焦っていました。でもササポンといっしょに住むことで徐々に周りに振り回されなくなり、自信を取り戻していったように思います。増えてしまった体重も自然に減り、落ち込んでもすぐ回復できるようになりました。

実は読者の方に「あなたはササポンに出会えてよかったですね。でも私はそんな人に会えないから人生がつらいままです」というダイレクトメッセージを頂いたことがあって。もしこの物語が「ササポンマウンティング」になっていたら、私が発信したいことと真逆になってしまう。その問いに対する答えが、本を出してもなお見つかりませんでした。

でも、映画になって少しだけ、答えが出た気がしているんです。ササポンにだけ救われたのではなくて、周りの人に支えられながら、自分自身でも立ち直る一歩を踏み出していたんだな、と。映画を通して、何か変わるきっかけが掴めると嬉しいです。