脂肪肝から来る肝臓癌も、
AIMで抑制できる

それから約半年で、必要な実験をすべてやり終え、論文を作成し、2009年の夏に黒川君を筆頭著者として『セル・メタボリズム』に投稿した。AIMを発見した1999年から、ちょうど10年目のことだった。

『セル・メタボリズム』からは、しばらくたって論文採用の通知があり、2010年の春に掲載された。

ここに至り、動脈硬化のときとはまったく違う、「脂肪細胞の中に溜まった余分な脂肪を取り除く」という新しいAIMのはたらきが明らかになった。「不要なゴミを取り除いて病気を治す」という私の研究目的につながる初めてのヒントにもなった。

抗肥満作用も備えたタンパク質「AIM」の画期的な働きとは−−体内の不要なゴミを取り除くことで病気にアプローチ…腎不全に肝臓癌、そして肥満がなくなる日_3

この論文は、「抗肥満」というキーワードが大きな社会的反響を引き起こし、テレビ出演の依頼も舞い込んできたほどだった。2013年には、AIMと肥満に関連した論文をもう1本、『セル・リポーツ(Cell Reports)』に発表した。

肥満の研究からは、AIMの別の機能も明らかになった。

マウスを肥満状態にするため、高脂肪の餌を与えていると、肝臓にも脂肪が溜まって脂肪肝になる。肥満と同様、AIMを持たないノックアウトマウスは通常マウスに比べて脂肪肝が速く進行し、重度になることがわかった。

生活習慣病の一つである脂肪肝を患う人は非常にたくさんいる。脂肪肝だけですめばいいが、そこから肝炎や肝硬変、ひどくなると肝臓癌も発症する。

これまで肝臓癌は、C型肝炎ウイルスに感染して慢性肝炎・肝硬変を患った人から発症するのがほとんどだった。ところが現在、公衆衛生の進歩で肝炎ウイルス感染者が激減したのと、よい薬剤ができたことでウイルス感染をきっかけにした肝臓癌の患者は徐々に減ってきている。その一方で、脂肪肝を起点とする肝臓癌は増えている。これは生活習慣病が蔓延して肥満者が増えたからにほかならない。

その脂肪肝から来る肝臓癌が、AIMで抑制できることが明らかになった。

AIMを持たないノックアウトマウスと通常マウスに高脂肪の餌を与えて脂肪肝を発症させると、1年後にはノックアウトマウスは100%肝臓癌を発症するが、AIMを持っている通常マウスは癌がほとんど起こらない。

また、癌ができたノックアウトマウスにAIMを注射すると癌が小さくなる効果も確認できた。AIMが「癌細胞というゴミ」をどうやって取り除くかも解明した。それらの成果は論文にまとめ、2014年に『セル・リポーツ』に掲載された。

同じころ、長崎にある井上病院(井上健一郎院長)にご協力をいただき、健診センターを受診した約1万人の方々の血清(血液のうち凝固しない成分。生化学検査、免疫検査に用いる)を提供してもらうことができた。

老若男女の健常者1万人の血中AIM濃度を測定することで、年代別や男女別の「正常値」を決定することができた。また若い女性はAIM値がとても高いことや、加齢によってAIM値が下がることもわかった。

血清の提供に当たり、井上病院が文字どおり献身的な協力をしてくれたことには、本当に感謝しかない。すべての健診受診者に研究の意義を説明していただき、検体を週2回ほぼ1年間にわたって長崎から東京まで送ってもらった。病院側としても大変な作業だったはずで、この協力がなければ、ヒトのAIMの研究は、大きく立ち遅れていたはずだ。

さらに、私の古巣でもある東大消化器内科の協力を得て、肝炎や肝硬変の患者さんでのAIM濃度を調べることもできた。

抗肥満作用も備えたタンパク質「AIM」の画期的な働きとは−−体内の不要なゴミを取り除くことで病気にアプローチ…腎不全に肝臓癌、そして肥満がなくなる日_4

これらの結果は、2014年に『プロスワン(PLOS ONE)』に発表した。

こうして、マウスだけではなくヒトでのAIMの研究も行えるようになり、私の中ではいろいろな病気に対してAIMが有効な治療法になりそうだという期待が高まっていった。