造仏聖・円空の修行の足跡をたどる

岐阜県関市の洞戸円空記念館が誇る一木三尊像のうち、『善財童子像』(撮影/長谷川公茂、円空上人の心を伝える会『高賀神社の円空仏』より)。木を鉈で断ち割った荒々しい質感が、細身の像の垂直性を際立たせ、円空仏独特の表現となっている
岐阜県関市の洞戸円空記念館が誇る一木三尊像のうち、『善財童子像』(撮影/長谷川公茂、円空上人の心を伝える会『高賀神社の円空仏』より)。木を鉈で断ち割った荒々しい質感が、細身の像の垂直性を際立たせ、円空仏独特の表現となっている

山下 新くんは江戸時代の僧・円空(1635〜95)にも熱心だよね。

井浦 円空は僕にとって大きな存在です。初めて見たときの衝撃は忘れられません。円空の場合、旅は修行でした。貧しい集落の人に、自らが彫った仏像を与え、手を合わせなさいと布教した。そんな円空の足跡を追って全国各地、ゆかりの地はほとんど行きました。円空仏は、交通の便がいいとは言えない場所に点在しているので、見に行くときはなるべくほかの予定を入れないことにしています。たとえば青森に行ったら、2、3日かけて円空だけをたどります。

山下 今回の本では、岐阜県関市の洞戸円空記念館にある、十一面観音・善女龍王・善財童子の三尊像を取り上げました。僕が一番好きな円空仏です。一本の丸太を縦に三つに割って彫っているから、三体を合わせると元の丸太の形になります。ぜひ現地で見たいと思って、『日本美術応援団』の雑誌連載時に赤瀬川さんと一緒に記念館に行って、本当に感動しました。もう一つ、忘れられない場所は、北海道・せたな町の太田権現(太田神社)です。

井浦 僕はまだそこには行けていません。

山下 参道奥の断崖絶壁を登った先に、円空が修行したと伝わる洞穴があります。かつてそこに円空仏がありました。僕が登る途中、岩場の大きな石が崩れ落ちて、死ぬかと思いました。

井浦 仲間から写真を見せてもらったのですが、岩を登るための鎖も、大きな輪っかをつなげた形状なんですよね。

山下 よく知っているね〜。円空は、2024年の2月から4月にかけて、大阪のあべのハルカス美術館で展覧会が開催予定です。

井浦 それは気になります。

山下 とはいえ、やはり洞戸の地でも鑑賞してもらいたいですね。人も少なくてゆっくり見られますし、円空晩年に彫った仏像が多数展示されています。非常にユニークな狛犬像もありますよ。

宵闇で見る、絵金の芝居絵屏風の凄絶

高知県香南市赤岡で、毎年7月に開かれる「土佐赤岡絵金祭り」。山下氏はかつてここを現代美術家の天明屋尚氏と訪れた。この祭りでは絵金の屏風23点が商店街の軒先に並べられ、凄惨な仇討ちなど芝居の名場面を描いた屏風が蠟燭の灯りで妖しく夕闇に浮かぶ(写真/山下裕二氏提供)
高知県香南市赤岡で、毎年7月に開かれる「土佐赤岡絵金祭り」。山下氏はかつてここを現代美術家の天明屋尚氏と訪れた。この祭りでは絵金の屏風23点が商店街の軒先に並べられ、凄惨な仇討ちなど芝居の名場面を描いた屏風が蠟燭の灯りで妖しく夕闇に浮かぶ(写真/山下裕二氏提供)

山下 あべのハルカスといえば、4月から6月にかけて絵金(1812〜76)の展覧会をやっていたね。絵金は幕末から明治初めにかけて土佐で活動した絵師です。歌舞伎を題材にした屏風が、赤岡の絵金祭りや高知県下のいくつかの神社の夏祭りで披露されます。行ったことはありますか?

井浦 絵金を見に高知には行きましたが、お祭りのタイミングではなかったのが心残りです。

山下 露出展示だから、ナマの作品と向き合える機会としても貴重だし、祭りのキッチュな雰囲気と絵金の屏風がマッチしています。ぜひ一度は足を運んでほしいですね。蝋燭の灯りで屏風を見せる展示なんて、ここくらいじゃないかな。美術館のない時代の絵の楽しみ方が今も続いているというのが、本当に素晴らしい。