賃金が上がらないのは本当に高齢化だけが原因なのか?

経済データの低調さは、定性的に言えば、企業の従業員が高齢化して、以前ほどに活力を発揮できなくなったことにあるのだろう。低い賃金上昇率と超低金利に国民が慣れてきた原因も高齢化が影を落としている。みんなが労働運動を盛んに行って、賃上げを勝ち取ろうという元気がなくなったこともかたちを変えた高齢化ということができる。

筆者は、この問題の分析はもっと用意周到に、かつ牛が食物を反芻するように、何度も検討する必要があると思う。「なぜ、インフレ率に、賃金上昇率や預金金利が同調して動かないのか?」という疑問の答えについて、「本当に高齢化だけが原因なのか??」と何度も疑ってかかる必要がある。

日本人の賃金が上がらないのは本当に高齢化だけが原因なのか? 「金融抑圧」と「インフレ課税」立ち向かうただひとつの方法_2

例えば、企業の利益は増えているのに、その分配は十分に行われているのか。シニアになれば、賃金の上増しは不要という発想は、それこそ平均寿命が70歳だった時代の感覚ではないか。

私たちは、むしろ70歳まで働く可能性がある。だから、年齢によって一律に賃金カットをするのは悪平等だ。生産性の高い従業員には、年齢とは無関係に高い給与を支払うべきではないか。

実は、経営者の頭の中に、過去の常識が根強くあって、60歳以上には高い給与を渡さなくても十分に暮らせるだろうという先入観があるのではないかとも考えられる。「人生100年時代」の報酬分配は、まだ新しいパラダイムが確立されていないのだ。

新しいパラダイムが存在しないときは、時代遅れだとわかっていても、多くの人が旧パラダイムに頼るものだ。それが、従業員の高齢化の中で、賃上げが思うように進まない理由になる。

さらに次の論点として、賃上げの不全と並ぶ、超低金利はどうなのだろうか。「本当に高齢化だけが原因なのか?」を再度考えたい。

そこには日銀の政策スタンスが深く関わっている。日本は、インフレなのにまだマイナス金利政策を維持している。2022年末、物価上昇率が4%近いのに、デフレ時代のマイナス金利をまだ是正しようとしない。

世界中では、EU、スイス、デンマーク、スウェーデンもマイナス金利を次々と解除した。日本だけがまだ止められない。これは、経済状況を見て慎重なのではなく、むしろ、政府の債務負担に配慮したものだと考えられる。

歴史を紐解くと、同じような事例が戦争後に起こっている。第二次世界大戦後のイギリスがそうだった。戦時債務の急増に対して、イングランド銀行は短期の財務省証券(Tビル)の金利を1945年10月に1.0%から0.5%にした。長期金利も3%近辺だった水準を2.5%に誘導しようとした。これは、国債価格維持政策である。

国債価格を高値に中央銀行がつり上げると、金利は低くなる。こうした維持をイングランド銀行は1979年にサッチャー政権の改革が行われるまで断続的に継続した。中央銀行が、財政事情に配慮して、人為的に金利水準を押し下げる状況を「金融抑圧」(Financial Repression)と呼ぶ。イギリスの公的債務残高の比率は1960年に109%、1980年に49%に下がった。金融抑圧は約40年間も続いたとされる。