教義でアニメや漫画を見るのは禁止

夏野さんは、エホバの証人や旧統一協会の「宗教2世」当事者らによる支援を目的とする一般社団法人「スノードロップ」を設立した。宗教虐待を児童虐待の一つとして、法整備も求めている。そのメンバーの一人で、小学校時代からの友人、川崎凛さん(仮名、30代)がいる。6月3日の設立総会で対談をした。

神奈川県海老名市にあるエホバの証人日本支部。教団によると、2022年の報告で世界に約869万9千人、日本には約21万4千人の信者がいるという(撮影/共同通信社)
神奈川県海老名市にあるエホバの証人日本支部。教団によると、2022年の報告で世界に約869万9千人、日本には約21万4千人の信者がいるという(撮影/共同通信社)

夏野 私がエホバの信者だといつごろ知った?

川崎 小学校1年で知り合ったときに、親から「(夏野さんは)宗教やっているらしいよ」と言われて。エホバの証人とは聞いていなかったけど、キリスト教みたいなもの?と思っていて、特別なものという感覚はなかった。

夏野 教義でアニメや漫画を見るのは禁止。幼稚園に行くのも禁止。みんなと溶け込みたいと思っていたけど、溶け込む材料がなかった。

川崎 あまり人と一緒のことをしない、一匹狼タイプだったよね。あと、当時から夏野さんは頭がよかったという印象がある。

夏野 エホバの証人では小さい頃から、教会が出版している難しい本を読まされていて。毎日、毎日、勉強するから、国語力は身に付く。それで頭がよく見えるところがあったのかな。

川崎 クラスで1、2位を争うくらい頭がよかったよね。お家でしっかり教育されているんだろうな、ちゃんとした家庭なんだろうな、とか思っていて。仲良くなったとき、ご家族にもお会いしたことがあったけど、特にお父さんは愛娘を溺愛という感じがしていた。すごく幸せそうな家族だと思っていた。

小学校高学年の頃だったかな、一回だけ親からぶたれたという話を聞いた気がする。なにか悪いことしちゃったの?という感覚だった。ただ、聞いたのはそのときだけ。日常的にぶたれている印象にはなかった。

夏野 エホバの証人って、「常に温和でありなさい」と言われるんです。社会一般によいと言われている教義も多いし、それがいいと思っている人も少なくない。だから、自分の苦しみを大人に相談しても無駄」と思っていました。

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夏野さんは「小学生の頃は、暴力が振るわれない家庭なんてないと思っていた」という。

「小学校の高学年になると、ムチ打ちのせいか、記憶の乖離がひどくなりました。中学生になると、ムチ打ちの回数自体は減ったのですが、その痛みは増しました。お尻や背中が裂けて血が出ることもあり、お風呂に入るとしみました。誰にも相談できませんでしたし、相談してどうにかなるとも思いませんでした」

こうした環境下での生活でストレスがたまり、自傷行為をしたり、自殺企図をするようになった。

「血が出るまで爪を噛んだりしました。針で指を刺したりもしました。中学生の頃になると、本気で自殺を考えました。『永遠に、こんな時間が続く。一生こうなんだ』という絶望感を抱いていました。いろいろと自傷行為もしたのに『なんで死なないのかな?』と考えたり……」

この頃から、夏野さんは徐々に「集会に行かない」と言い出すようになった。

「それまでは集会に通っていましたが、エホバ(神)なんて、いないじゃんと思っていました。自分はおかしくない。この人(信者)たちが狂っているんだって」

友人でも気づけなかった宗教虐待

川崎 たしか、中学は部活動が強制だったけど、夏野さんは帰宅部だったよね?

夏野 集会や奉仕といった布教活動の時間がなくなると言われていて、だから部活に参加しなかった。

川崎 あの頃、たまに家に遊びに来てくれたよね。

夏野 あの時、本当にびっくりした。お家も綺麗だったし、うちとは何もかもが違ったから。うちは「エホバだけやっていればいい」と言われていたので、ネグレクトに近くて。家事とかも教わったことがなかった。お小遣いをもらっていないから、お金の使い方もわからなかった。

川崎 私は夏野さんがびっくりしていることに気が付かなかった。その後、受験勉強をしているときに、「高校には行かないから受験はしない」と聞いて、すごくびっくりした。「同じ高校へ行けないの?」と思った。

夏野 行きたかったんだけどね。私も高校へ行けていたら……。

川崎 ようやくこの頃、夏野さんの家は異常なのかな?と気づくようになった。出会ってから9年間、どれだけ近くにいても、ムチ打ちなどの虐待には気がつけなかった。それでは周囲は助けられないし、助けようもない。誰かに相談できるものでもないし、相談されても私には何もできない。

でも、どこかでサインは出ていた。例えば、運動会に参加できないとか、輸血カードを持っているとか。そういうことを見逃さないことが大事だと思う。ただ、『エホバの証人の子だから虐待、すぐ(児童相談所に)保護』というわけにもいかないし。友達としてどうすればよかったのかという正解は、今でもわからない。

夏野ななさん
夏野ななさん


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その後、夏野さんはエホバから脱会した。高校には進学していないが、アルバイトをしながら生活していった。

「20歳の頃になると、『死にたい』という感情はなくなっていて、幸せでした。自傷行為もしなくなりました」

ただし、将来のことを考えると、再び、希死念慮が生まれることもあったという。

「自傷行為はしませんでしたが、不眠になることがありました。遺書を書いたこともあります。自分には生きている価値がない、『殺してくれ』とも思いました。精神科に行くと、『根本原因は家族関係』と言われましたが、そんなことを言われたって解決は無理とも思いました」

現在は生活も安定し、ほかの2世、3世信者のことも考えられるようになった。一般社団法人の代表となり、立憲民主党の児童虐待防止法の改正に関するヒアリングにも参加して、政治参加をするようにもなった。

「将来的には、教育機関とのつながりを持ちたいです。スクール・カウンセラーやスクール・ソーシャル・ワーカーの研修で、自分たちの話を聞いてもらい、知見を持って欲しいです。そのための、支援立法を作っていただきたいです」

文/渋井哲也