日本にシャンパーニュをもっと普及させたい
――その評判が他店にも広がっていった、と。
毎日、日本全国から同業者さんも含め、いろんな人が見に来てました。
「シャンコ、パクリにきましたー」って。僕らも「どーぞ」って。
いろんな大人が「商標を取れ」とか言ってきましたね。でもパクられるのが嫌だと思わなかったし、そんなことよりも店を盛り上げることに必死だったので、商標は取りませんでした。
――まさか他店が堂々とパクリに来てたとは。
そうなんですよ。シャンコの起源についてはいろんな説があるけど、学生時代のストックから、自分でコールを作り、独自にシステム化して多くの人に見せて、伝えたのは僕なんだろうとは思っています。
だから今後も日本にもっとシャンパーニュを普及させるのが僕の今の目標ですね。
――シャンパンコールで十分、普及させたと思いますが、さらに普及させたいと。
もともと日本ソムリエ協会認定のソムリエ資格は持っていましたが、コロナ禍中にフランスに本拠地を置く「シャンパーニュ地方ワイン生産同業委員会(略称C.I.V.C.)」のシャンパーニュMOOCという試験に合格したんです。
日本では50人くらいしか取得していない資格なんですよ。
――そこまで真面目にシャンパンに向き合っていたとは。
僕もなぜここまでシャンパーニュに惹かれるんだろうかと考えたんですよ。みなさんが言うシャンパンって、フランスのシャンパーニュ地方でつくられたスパークリングワインのみ呼称が認められます。
で、シャンパーニュ地方の人たちが自分たちが作った瓶内二次発酵のプロセスにより醸造したものを、シャンパーニュと名乗り始めたのが1690年だと言われています。これは現在では原産地管理呼称で保護されているものです。
すごい偶然なんですけど、僕がホスト始める前の携帯番号の下4桁が1690だったんです。
それで勝手に縁があると思い込んでて(笑)。だから、きちんと知識を持ったうえでシャンパンを日本のマーケットに普及させたいと本気で思ってるんです。
※
シャンパンコールの創始者は、その源泉となるシャンパーニュへの愛もめいっぱい深かった。
ホストのイメージを変えた頼朝さんだが、今、新たな社会問題に直面しているホスト業界に何を思うのか。
後編では現代ホストへの提言と頼朝さんの恋愛観を聞く。
取材・文/河合桃子
集英社オンライン編集部ニュース班
撮影/池上夢貢