移民をするとはどういうことか
移民。移り住んだ民。辞書によると「労働を目的にして外国に移り住むこと」とある。つまり、仕事を求めて、外国に移り住む人たちのことだ。豊かな蓄えがあって、それだけで生活できる人は別として、ほとんどの人は、外国に住む=働くことでもあるから、移民ということになる。
そういう意味では、ぼくも移民だ。そして、自分が移民だということをダイレクトに感じるのは、移民局に行くときだ。メキシコで労働ビザを取得して働きはじめると、毎年、移民局に行ってビザの更新手続きをする必要がある。これは国によって制度の違いはあるだろうけれど、基本的に外国人が住んで働く場合は、ほとんどの国で移民局というところで行われる。
メキシコシティの場合は、移民局はポランコという高級住宅街に位置していた。いつ行っても、そこは朝から大勢の外国人であふれ、長蛇の列ができていた。移民局はお役所仕事で、あの書類がない、この書類がない、と言われることが多かった。
最初のうちは、自分の用意した書類に不備があったのかと思って、すごすごと引き返していたけど、後で見返してみたら、足りないと言われていた書類はちゃんと用意してあって、移民局側が見落としていたということもあった。そんなことを繰り返しながら、移民局の一挙手一投足に目を光らせて、毎年ビザの更新を行っていた。
内心はビクビクもしていた。なぜなら、彼らがぼくがメキシコに住んでいいかどうかを決めるのである。権力は絶対で、彼らがNOと言えば、ぼくは明日からメキシコに住めなくなってしまうのである。高圧的な態度の役人の姿を見ながら、これが移民という立場なのか、と思っていた。
一方で、移民局に来ている人たちを見るのはおもしろかった。メキシコ国内にあるのにメキシコ人以外の人の方が多い建物。それが移民局だ。説明するまでもないかもしれないけど、メキシコ人は、メキシコに移民する必要がないので、移民局に来る用事はない。ぼくの妻でさえ、どこに移民局があるのかすら知らなかった。
そこに、毎日のようにたくさんの外国人がやってくる。よく見かけたのは、アフリカ系の人々、アジア系の人々、そしてメキシコ以外のラテンアメリカ系の人々だ。たまに欧米系の白人もいたけれど、圧倒的に有色人種の人たちが多かった。アメリカへの移民排出がとても多いメキシコという国に、移民をしたいという外国人もとても多いのだった。
そして、ぼくを含めてみんな一様に緊張している。ビザが切れればオーバーステイになってしまう。なんとか、その前までに手続きを終えたいが、もしここで駄目になれば……。いろんなことを思いながら人は移民局に向かう。泣いている人も見た。それが喜びなのか悲しみなのか、そこまで表情を窺う余裕はなかったけれど。
こうして、ぼくも移民だという自覚を持つようになっていった。だから、この国にいる移民に興味を持つようになったのは自然の流れだった。