スパルタの恩師から「俺の真似はするな」と指導

いざ開業。しかしジム開業のために見積りを取ると、2000万円ほど資金が足らないことに気付いて青ざめた。

ここで念のため説明しておくと、世の中のすべてのボクシングジムに3000万円近くの開業資金が必要なわけではない。コストがかさんだのは現役時代に所属していた会長の教えを守ったからだ。

「私が現役時代に所属していた齋田ボクシングジムは、昔ながらのいわゆる選手育成を目的としたスタイルでした。

そんなジムの齋田会長にボクシングジム開業について相談に行ったら『俺の真似はするな』と。つまり、一般会員さんをたくさん集めてジム内は清潔にして、サービス重視で、フィットネス路線にしろというんです。会長はボクシングに関しては鬼のように厳しい人でしたから、驚きましたね。

また、そのために重要なのは立地。食っていくためには郊外に構えるのではなく、『人通りが多い山手線沿線に出店しろ』と」

「汚い・臭い・暗い・怖い」というボクシングジムのイメージを覆した元ボクシング王者の緻密なジム経営。年下の先輩から呼び捨てにされながら下積み、借金2000万円で開業するが数日経っても入会者は来ず、「もうダメか」と思ったそのとき…_3
現在、店舗は賃料を抑えるため路面店ではなく空中階や地下にあるが、1階にはジム内の様子がうかがえるようモニターや立て看板を配置

プロ選手に対しては齋田会長はスパルタな一面があった。一方で別の事業で財を成した方であり、聡明で先見の明があることも今岡氏は知っていた。

いい加減な助言をするはずがない。当初は西武池袋線の大泉学園駅で出店予定だったが計画は中止。次の日から毎日、一緒に事業を始める約束をしていた現役時代の後輩と山手線に乗車して、何時間もぐるぐると回った。

「テナントの空きを探すために、お前は右側のドアから外を見ろ、俺は左側のドアから外を見るからって。で、電車に乗っているとワタナベジム(日本屈指の会員数を誇る大手ジム)が目に入るんです。ああ、賃料が高い路面店より、駅のホームや電車内からは空中階の方が中の様子が見えて、かつジムは動きがあるから人の目に止まりやすいんだ、と思いました。

宣伝広告費も別途かけなくていいし、そこに気付いていた渡辺会長(ワタナベジム会長)はさすがだなと。後になって冗談交じりに『今岡君、真似されちゃ困るよ』と渡辺会長にチクリと言われましたが(笑)。

あとから気付きましたが、齋田会長はご自身の方法ではボクシングジム運営だけで食っていくのが大変なことを知っていたんですね。自分はボクシングで儲けなくてもいい。でも弟子達はそうであってはならない。その上で、アドバイスしてくださっていました」

「汚い・臭い・暗い・怖い」というボクシングジムのイメージを覆した元ボクシング王者の緻密なジム経営。年下の先輩から呼び捨てにされながら下積み、借金2000万円で開業するが数日経っても入会者は来ず、「もうダメか」と思ったそのとき…_4
2021年にオープンした赤坂店も清潔感を重視。床は5回コーティングし、換気面も特注のシーリングファンや通気口を設けてこだわった