凶悪事件の背景にひそむ特殊詐欺
「もう本当に家族が殺されると思って……。やりたくなかった。でも、もうやるしかないかと……」
当時29歳の男は、横浜地裁の法廷で言葉を詰まらせ泣きじゃくった。
男は横浜市や川崎市で連続発生した緊縛強盗事件で逮捕されたが、凶悪犯から飛び出した発言とはまるで思えない。追い詰められていた様相がありありと浮かんでくるようだ。
全国で被害が相次いでいる強盗事件。近年、逮捕者で目立つのが、彼らが特殊詐欺の末端である「受け子」(被害者宅で現金などを受け取る役割)や「出し子」(だまし取ったキャッシュカードで現金を引き出す役割)を担っていたという背景だ。
「彼らへの取材を続けていると、次第に指示役の組織に逃げ道をなくされて、やむにやまれず犯行におよんでしまうという実態が見えてきました」
神奈川新聞報道部デスクの田崎基さんはそう話す。
田崎さんは、裁判を傍聴し被告人の声に耳を傾ける中で、報道では明らかにされない事件の背景や経緯を知り、驚きを隠せなかったという。
「殺人未遂事件の裁判の傍聴に行くと、冒頭陳述で突然『特殊詐欺』というワードが出てきたんです。
被告は、元交際相手の20代女性の顔を切り裂き、サバイバルナイフの刃先が脳に達するほどの重傷を負わせた。
ただの殺人未遂事件ではなかった。特殊詐欺に加担する中で心理的に追い詰められた被告が、詐欺を紹介した男を殺そうと向かった先に偶然いた元交際相手を刺してしまったという顛末でした。
その後、横浜・保土ヶ谷で現金1200万円とキャッシュカード20枚が奪われる緊縛強盗事件が発生。取材するとこれも単なる強盗事件ではなく、特殊詐欺が発端でした。
ギャンブルをやめられず闇金に手を出し、返済のためにツイッターで『闇バイト』と検索した男が、特殊詐欺の受け子と出し子を繰り返し担当する。
指示役に誘導され、アポ電強盗を実行していた。『手っ取り早く、大きく稼ぐには、タタキ(強盗)しかない』とたたみかけられたんです」