「塩漬けでセシウムも消える」伝統の知恵で放射能対策
菅野さん一家が営む農家民宿「遊雲の里」の春の食卓は、畑の土手で採れたフキノトウの天ぷらやふき味噌がおいしい。もちろんセシウムがないことは確認ずみだ。
「山菜はダメだ」ではなく、どうすれば扱えるか、菅野さんらは試し続け、畑でつくる「栽培わらび」にも取り組む。
さらに、飯舘村で震災直後から、土壌や作物のセシウムを測定し続けている伊藤延由さん(1943年生まれ)によって、大半の山菜のセシウムを除去できる可能性がみえてきた。
伊藤さんは、震災後も山菜を採って食べ続けるおばあさんの話に驚いた。
「塩漬けにすれば(放射能は)抜けるんだぞ。知らねえんか?」
「セシウムは無理だよ」と反論したが、自らワラビを塩漬けや重曹であく抜きをしてみると、みごとにセシウムが消えた。
ワラビだけではない。ハチクもウドも……コシアブラ以外の大半の山菜はセシウムが抜けた。ただ、香りをたのしむマツタケなどは、香りも抜けてしまった。
阿武隈山地のまんなかの飯舘村は一部を除いて福島第一原発から30キロ圏内ではないが、南東の風で流れてきた放射能の雲によって高濃度に汚染され、2017年まで6年間にわたって全村避難となった。
除染されていない山林の土壌は今も1キログラムあたり2~10万ベクレルのセシウムが検出される。
2017年にようやく避難指示が解除され、田畑を耕す人もチラホラ出てきた。
伊藤さんによると、除染したうえで、セシウムの吸収を抑えるカリ肥料を入れているから、野菜は安全だ。
では、「農」のコミュニティは復活するのだろうか?
国勢調査によると、震災前の2010年に6200人だった飯舘村の居住者は2020年には1318人(2022年11月は1511人)で高齢者が58%を占め、15歳未満は34人(2.6%)しかいない。
「隣の家があって、縁側でおしゃべりするのがコミュニティでしょ? 私の家から一番近いお宅は2キロはなれています。
そもそも子どもが住める環境とは思えない。補助金を使って営農が再開しても、若い家族は戻ってこない。そんな村に未来があると思いますか?」
セシウム137の半減期は30年。事故前の数値に戻るには300年かかるのだ。
前編<【震災12年】2011年、放射能が降りそそいだ春「もう有機農業はできないのでは…」絶望した息子と勝負に出た父「“僕らが土を守ったよ”とほうれん草の声が聞こえた」>
取材・文・撮影/藤井 満