「サバをアジって言って売ったら問題ですが、同じマアジですから」黒アジを“黄金アジ”として提供する店の店主を直撃! 弁理士の見解は…〈富津アジ論争〉
千葉県富津市のマアジの漁獲量はこの2年間で、例年の3分の1程度に減少しているという。不漁が続いている今、「マアジ」の中でもさらに希少な富津市の「黄金アジ」となると、地元の飲食店でも毎日仕入れてメニューに並べるのは難しい。そんななか、都内のアジ料理を専門に扱う飲食店Aは毎日、富津産の「黄金アジ」を提供しており、地元からは疑問の声があがっている。そこで前編では記者がA店に潜入し店員にアジを見せてもらうと、それは地元では「黒アジ」と呼ばれる別物だった。ことの真相を問いただすため店主を直撃した。(前後編の後編)
冷凍のストックを使って営業していた
7月某日、都内の黄金アジ専門店のA店の店主を直撃した。店主は突然の記者の訪問に驚いた様子を見せたものの、取材に応じてくれた。
――集英社オンラインです。富津産の「黄金アジ専門店」で運営されていますが、富津市では「黄金アジ」が獲れない時期がありましたよね?
「うーん、たまに時化(シケ)で獲れないときとかありますよね」
――年末や春先には記録的にアジが獲れていませんでしたが、その際はどうされていましたか?
「冷凍とかを使っていましたね」

直撃取材に応じる店主(撮影/集英社オンライン)
――地元の飲食店ですら「黄金アジ」がなくて営業ができなかったのに、営業ができるのはおかしいという声もありますが。
「まあ、なんとかかんとか冷凍のストックを使って営業していたって感じですね。地元の富津でも冷凍を使って営業をしているお店はありますが、生じゃなきゃダメっていう人からすると冷凍って選択肢がないから、そういう声が上がるんじゃないですか。うちでは獲れるときに仕入れた『黄金アジ』を冷凍にして、自宅にも業務用の冷凍庫2台おいてストックしていますよ」
――富津産じゃない「アジ」を使っていたりしますか?
「そうやって疑われるかもしれないですけど、そんなことないですね。仮に他の産地のものを使っていたら大問題じゃないですか」
富津市で水揚げされるマアジはみな黄金アジだ
――富津市では一時、「マアジ」も獲れていませんでしたが、「黄金アジ」となるとさらに希少ですよね?
「正直あいまいですよね。これが黄金アジという規定がないので。僕は富津市で水揚げされる『マアジ』を『黄金アジ』だと言っています。僕は富津産というくくりのアジを『黄金アジ』だとずっと言っています」
――地元の方は体が金色に光ったアジだけを「黄金アジ」といい、「黒アジ」は別扱いしています。A店では「黄金アジ」といって実際は黒アジを提供することもありますか?

水揚げされた黄金アジ(撮影/集英社オンライン)
「要はお店の人達の認識しだいじゃないですかね。色は小さいのはキラキラしていますけど、大きいのはそんなキラキラはしてないんですよ。キラキラがとれてきちゃうんで」
――キラキラしていないのは「黒アジ」になりませんか?
「うーん、だから認識の違いですよね。種類の違うアジではないので。よく『黒アジ』のことを『くろっけ』って言いますけど、そもそも『黒アジ』って種類のアジはないと思うんですが。サバをアジって言って売ったら問題ですが、同じ『マアジ』ですからね。僕もこんなこと言われていい気分はしないので、逆に今後は市をあげてきちんと(黄金アジを)ブランド化してほしいって思いますよ。うちは単に妬まれているんだと思います」

見せてくれた黄金アジ(撮影/集英社オンライン)
店主の主張は、明らかに地元の「黄金アジ」の認識とは異なるようだ。だが地元の飲食店の店主はこれを真っ向から否定する。
「富津市の『黄金アジ』は数が獲れないので、年間を通して毎日提供するのはかなり難しいです。もちろん冷凍しておけば年間を通して出せるかもしれないけど、最近の富津市の漁獲量からすると『本当にそんな大量の黄金アジを仕入れているの?』と疑問に思いますね。黒アジを混ぜているだけじゃなく、富津産ではない他の産地のアジを使っているとしか思えないくらいマアジは獲れていなかったんですよ。それで『富津産黄金アジ』と言われるのは残念ですね」
「黄金アジ」にルールがない以上ブランドは守られない
泥沼化の様相を深める“黄金アジ論争”だが、法律家の目にはどう映るのか。LEC東京リーガルマインドの元講師で、弁理士法人いろは特許事務所の吉田雅比呂所長が解説する。
「法律的にみれば、富津市の『黄金アジ』なるアジは、商標権もないし“存在しない”のと同じなんです。なぜなら、富津市において、現段階では漁師や仲買さんが個々の判断で勝手に黄金アジと言っているだけであり、何をもって『黄金アジ』と呼ぶのか明確な判断基準がルールとして定められていないからです。
『大間のまぐろ』を例に説明すれば、『大間のまぐろ』は、大間漁業協同組合に入ってる人が一本釣りで獲ってきて、大間町内の漁港で水揚げされた30㎏以上のクロマグロを『大間のまぐろ』と呼ぶ、と判断基準がルールとして定められています。逆にそれ以外のマグロは『大間のまぐろ』と呼んではいけない、とそのルールに基づいて判断されます。そのうえで大間漁協は『大間のまぐろ』について商標権を取得しているので、もし仮にそのルールを満たさないマグロを『大間のまぐろ』と称して売った場合には商標権侵害になります」

天羽漁協(撮影/集英社オンライン)
他にも関さばや越前がになども釣り方や保存方法、個体の大きさや重量などで、漁業組合などがそれぞれルールをつくっているという。だが現状、富津市においては天羽漁協が「これが黄金アジ」というルールをつくっていない。
「もちろん、地元の漁師のあいだではこういうアジが『黄金アジ』だという漠然とした基準は存在するかもしれませんが、対外的に漁協が売る際に通常の『アジ』と『黄金アジ』とを区別していない以上、明確なルールに適合した『黄金アジ』というのは存在しないことになります。地元の方は黒ずんでいる『マアジ』を『黄金アジ』と呼んだりしないでしょうけど、ルールがない以上『そのマアジは黄金アジではない』と否定する根拠もないのだから、『黄金アジ』と呼ぶ呼ばないは個々の自由です。さらに言えば、同じ海で同じ魚を釣るのであれば、誰がどのような釣り方をしようが、本来は同じ魚ですよね。だからこそ漁業組合などが個体の特徴や獲り方など『黄金アジ』の判断基準をルールとして決めて、他の『アジ』と区別する、つまりブランド化していくことが必要なんです。
判断基準に関して言えば法律的なものではないので漁協などが独自に決めて、『〇〇漁業組合認定の黄金アジ』とブランド魚をつくればいいわけです。その上で商標権を取得できればそのブランド魚が初めて法的に守られることになります」
実は2020年の6月30日に天羽漁協は『黄金アジ』で商標をとろうと出願したが、2021年の10月18日に諦めて出願をとり下げている。一度は『黄金アジ』をブランド魚として扱っていこうという動きをしていたのだ。
「『黄金さんま』や『黄金ぶり』など黄金〇〇と商標登録されている魚もいくつかあるのですが、『黄金アジ』という名称ははすでに富津以外の各地でみんなが使っているので、これを商標でとるのは難しいですね」(前出・吉田氏)

撮影/集英社オンライン
ではこの論争に決着はつかないということだろうか。
「地域団体商標としてなら商標権をとれる可能性はあります。松坂牛とか神戸牛とか地名を商品名にプラスする名前、例えば『富津黄金アジ』とかですね。しかし、地域団体商標もその名前がある程度有名でないととれないんです。しかも、あくまで『黄金アジ』ではなく『富津黄金アジ』として有名にならなくてはいけません。つまり、今回の場合なら千葉県内で『富津黄金アジ』と言えば有名だよね、という状態でなくてはいけません。普通の商標なら誰でも出願できますが、地域団体商標は漁協や商工会やNPO法人などの一定の団体でないと出願できません。
今後、もし仮に漁協が『富津黄金アジ』の商標権を取得したとしても、『黄金アジ』自体は誰のものでもないので、これまで通りどのようなアジを『黄金アジ』と呼んでも個人の勝手という状況は抜本的に改善されることがない、と言われてしまえばその通りなんです」(前出・吉田氏)
漁業関係者とも交流のあるA店の常連客は肩を落とす。
「最初はA店の店主と富津の漁業関係者は仲良く信頼関係をもってやっていたんですよね。でも、途中で仲違いしちゃってね…。店主は料理にはとてもストイックで、こだわりをもって念願の店を出した。アジだけでなく野菜や酒のツマミにもこだわってやっている。ただテレビに出たりするうちに風呂敷を広げすぎちゃったんでしょうね。富津をウリにしているのに、地元から恨まれては元も子もない」
富津市の黄金アジをめぐる論争の決着には、まだしばらく時間がかかりそうだ。
※「集英社オンライン」では、今回の“アジ論争”をはじめ食品にまつわる事件、トラブルについて取材をしており、情報を募集しています。下記のメールアドレスかX(Twitter)まで情報をお寄せ下さい。
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取材・文/集英社オンラインニュース班
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