「黄金アジ」にルールがない以上ブランドは守られない

泥沼化の様相を深める“黄金アジ論争”だが、法律家の目にはどう映るのか。LEC東京リーガルマインドの元講師で、弁理士法人いろは特許事務所の吉田雅比呂所長が解説する。

「法律的にみれば、富津市の『黄金アジ』なるアジは、商標権もないし“存在しない”のと同じなんです。なぜなら、富津市において、現段階では漁師や仲買さんが個々の判断で勝手に黄金アジと言っているだけであり、何をもって『黄金アジ』と呼ぶのか明確な判断基準がルールとして定められていないからです。

『大間のまぐろ』を例に説明すれば、『大間のまぐろ』は、大間漁業協同組合に入ってる人が一本釣りで獲ってきて、大間町内の漁港で水揚げされた30㎏以上のクロマグロを『大間のまぐろ』と呼ぶ、と判断基準がルールとして定められています。逆にそれ以外のマグロは『大間のまぐろ』と呼んではいけない、とそのルールに基づいて判断されます。そのうえで大間漁協は『大間のまぐろ』について商標権を取得しているので、もし仮にそのルールを満たさないマグロを『大間のまぐろ』と称して売った場合には商標権侵害になります」

天羽漁協(撮影/集英社オンライン)
天羽漁協(撮影/集英社オンライン)

他にも関さばや越前がになども釣り方や保存方法、個体の大きさや重量などで、漁業組合などがそれぞれルールをつくっているという。だが現状、富津市においては天羽漁協が「これが黄金アジ」というルールをつくっていない。

「もちろん、地元の漁師のあいだではこういうアジが『黄金アジ』だという漠然とした基準は存在するかもしれませんが、対外的に漁協が売る際に通常の『アジ』と『黄金アジ』とを区別していない以上、明確なルールに適合した『黄金アジ』というのは存在しないことになります。地元の方は黒ずんでいる『マアジ』を『黄金アジ』と呼んだりしないでしょうけど、ルールがない以上『そのマアジは黄金アジではない』と否定する根拠もないのだから、『黄金アジ』と呼ぶ呼ばないは個々の自由です。さらに言えば、同じ海で同じ魚を釣るのであれば、誰がどのような釣り方をしようが、本来は同じ魚ですよね。だからこそ漁業組合などが個体の特徴や獲り方など『黄金アジ』の判断基準をルールとして決めて、他の『アジ』と区別する、つまりブランド化していくことが必要なんです。
判断基準に関して言えば法律的なものではないので漁協などが独自に決めて、『〇〇漁業組合認定の黄金アジ』とブランド魚をつくればいいわけです。その上で商標権を取得できればそのブランド魚が初めて法的に守られることになります」

実は2020年の6月30日に天羽漁協は『黄金アジ』で商標をとろうと出願したが、2021年の10月18日に諦めて出願をとり下げている。一度は『黄金アジ』をブランド魚として扱っていこうという動きをしていたのだ。

「『黄金さんま』や『黄金ぶり』など黄金〇〇と商標登録されている魚もいくつかあるのですが、『黄金アジ』という名称ははすでに富津以外の各地でみんなが使っているので、これを商標でとるのは難しいですね」(前出・吉田氏)

撮影/集英社オンライン
撮影/集英社オンライン
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ではこの論争に決着はつかないということだろうか。

「地域団体商標としてなら商標権をとれる可能性はあります。松坂牛とか神戸牛とか地名を商品名にプラスする名前、例えば『富津黄金アジ』とかですね。しかし、地域団体商標もその名前がある程度有名でないととれないんです。しかも、あくまで『黄金アジ』ではなく『富津黄金アジ』として有名にならなくてはいけません。つまり、今回の場合なら千葉県内で『富津黄金アジ』と言えば有名だよね、という状態でなくてはいけません。普通の商標なら誰でも出願できますが、地域団体商標は漁協や商工会やNPO法人などの一定の団体でないと出願できません。
今後、もし仮に漁協が『富津黄金アジ』の商標権を取得したとしても、『黄金アジ』自体は誰のものでもないので、これまで通りどのようなアジを『黄金アジ』と呼んでも個人の勝手という状況は抜本的に改善されることがない、と言われてしまえばその通りなんです」(前出・吉田氏)

漁業関係者とも交流のあるA店の常連客は肩を落とす。

「最初はA店の店主と富津の漁業関係者は仲良く信頼関係をもってやっていたんですよね。でも、途中で仲違いしちゃってね…。店主は料理にはとてもストイックで、こだわりをもって念願の店を出した。アジだけでなく野菜や酒のツマミにもこだわってやっている。ただテレビに出たりするうちに風呂敷を広げすぎちゃったんでしょうね。富津をウリにしているのに、地元から恨まれては元も子もない」

富津市の黄金アジをめぐる論争の決着には、まだしばらく時間がかかりそうだ。

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取材・文/集英社オンラインニュース班