2006年4月に、ナイフが頭上から喉元に向かって刺さった状態で見つかった安田種雄さんの死亡をめぐっては、「週刊文春」が、当時の妻だったX子さんが重要参考人として取り調べを受けていたことや、自殺とするには不審な点が複数あることを報じた。
これに対し、警察庁の露木康浩長官が7月13日の定例会見で「適正に捜査、調査が行われた結果、証拠上、事件性が認められないと警視庁が明らかにしている」と反論。
「断言しますけど、事件性はありですからね」木原官房副長官・妻の元取調官が異例の実名会見。一方、捜査一課長は「死因は自殺と考えて矛盾はない」
木原誠二官房副長官の妻X子さんの元夫、安田種雄さん(享年28)が不審死した事件をめぐり、重要参考人X子さんの取り調べにあたった佐藤誠・元警部補が7月28日、「週刊文春」の発行元、文藝春秋社で会見した。集まった記者やジャーナリスト、一部活動家の数は総勢100人を超え、準備された会場からは人が溢れていた。佐藤元警部補の会見を振り返る。
「警察庁長官の嘘にカチンときた」自殺とする証拠はないと断言

木原誠二官房副長官(写真/共同通信社)
この発言を知った佐藤氏は憤った。
「嘘を言っている。カチンときた。被害者がかわいそう。遺族はこんな終わり方をしていても、『警察には感謝している』って言ってくれた。その人たちをまた悲しませる発言には頭きますよね。遺族を逆なでするのは、間違っていると思いますよ」
そのうえで、X子さんの元取調官として、こう言い切るのだった。
「まずこれ断言しますけど、事件性はありですからね。俺が一番知っている。証拠を全部見ている。自殺と認定する証拠は、遺書とか、自殺しているのを見た人がいるとか。そういうのがあれば捜査をしないが、自殺だとする証拠は存在しない。何をもとに言っているのか。被害者のことを考えてもらいたい」
ただ、佐藤氏が捜査に関わっている間に、事件と断定し、容疑者を確定させるまでの証拠を固めることはできなかった。
「時間が足りなかった。いろんな人の供述も集めていたが、そこ(証拠)までいってない。途中で終わっているから……」
一連の捜査の中で佐藤氏が担当したのは、重要参考人X子さんの取り調べだった。
当時、X子さんは、寝ている間に種雄さんが死亡したという趣旨の話をしていたというが、「すべてが作り話」と佐藤氏は語る。

会見をする佐藤氏(撮影/集英社オンライン)
X子さんの印象については「(取り調べは)10日間くらいだから、すべてはわからないが、反応が素直。俺らもカマかけることもある。それに引っかかっちゃった可能性もあるが、時々『嘘だろ』とか言うと、ぴくっとする」と振り返る。
そんなX子さんを取り調べて2〜3日経つと、佐藤氏はある感触を抱く。
「あれはどうやったって、女じゃできない。無理。殺し屋じゃないんだから。ナイフを使うと、必ず手に傷がつくが、それもない。だからX子は違うんじゃないか」
「殺しの捜査を100件近くやっているけど、こんな終わり方はない」
当時、X子さんが現場に呼んだというY氏も、種雄さんの死亡推定時刻から考えると、実行犯ではなさそうだ。佐藤氏は消去法で考え、第三者のZ氏の関与を疑った。
だが、佐藤氏が他の捜査員にこの“見立て”を共有することはなく、捜査は「終わり」を迎えた。

生前の安田種雄さん
当時、国会が始まると木原氏が子どもの面倒を見られないという理由で、X子さんの取り調べは、いったん、10月24日に国会が開会するまでとされていた。だが、その後、12月に国会が閉会しても以前のようには捜査は再開されず、佐藤氏は疑問を抱く。
「終わり方が異常。今まで殺し(の捜査)を100件近くやっているけど、こんな終わり方はない。自然消滅した、みたいな。実際の約束は、国会が終わったらまた再開すると。だから12月も(Y氏の話を聞くために)宮崎に行っていた。ところが、何も始まる様子もないし、遺族に対して『こういう理由で終わります』と伝える『締め』がなかった」
X子さんが木原氏の妻ということが影響したから、異常な形で捜査は事実上終了したのだろうか。佐藤氏はこう打ち明けた。
「一般人だから差別するわけじゃないが、(政治家の家族が捜査対象だと)ハードルが上がるっていうのは、やっぱりある。同じようには扱えない。やっぱり上の方だって気は遣うと思うんですよね」

7月20日、司法記者クラブで会見した種雄さんの父
「捜査を始めているわけだから、結末をつけなきゃいけない。白か黒か灰色か。途中で終わっちゃったから、そこまでいっていないんです」
「調査・捜査に圧力を加えたとの指摘は事実無根だ」
一方、一連の報道をめぐって木原氏は「事実無根の内容。私と私の家族に対する著しい人権侵害」とするコメントを5日に発表した後、公の場では沈黙を続けたままだ。
「X子さんの代理人弁護士は、週刊文春の発行元である文藝春秋を相手に、21日付で日本弁護士連合会に人権救済を申し立てました。木原氏も相次ぐ報道に危機感を覚え、28日にも日本記者クラブで反論会見を開く方向で調整を進めていましたが、26日に文春オンラインで佐藤元警部補の実名証言が報じられると一転、会見は取りやめとなりました。
松野博一官房長官には『私が調査・捜査に圧力を加えたとの指摘は事実無根だ』と伝えたそうですが、相変わらず、番記者のオフレコ取材にも『家族のケアが必要』という理由で応じていません」(全国紙政治部記者)

かつて種雄さんとX子さんが住んでいた文京区の自宅(撮影/集英社オンライン)
松野氏も、会見で一連の報道について問われ、一般論として「警察による捜査は法と証拠に基づき、中立公正な立場から適切に行われるものと承知している」などと述べるにとどめている。
新聞・テレビの大手メディアも、この問題をほとんど取り上げていないのが現状だ。
「警察の捜査関係者も『捜査は終わっている』と言うので、犯人だとわかる明確な証拠がない以上、関係者の人権侵害になることを恐れています。佐藤氏も会見で、Z氏の関与を疑う理由について『勘』と言う場面もあり、報じるのは難しいですね」(全国紙記者)
「会見では一部の活動家がトンチンカンな質問をしてグダグダになった。結局、木原氏がどこまで関与していたのかがポイントですね。忖度している訳ではないが、捜査一課長が『死因は自殺と考えて矛盾はない』とコメントしているし、とりあえずは様子見です」(民放記者)
ただ、佐藤氏の会見のオンライン中継は同時視聴者数が10万人を超えており、この問題への関心は高まっている。
X子さんの元取調官による実名証言に対しても、このまま木原氏の会見はないのかー。木原氏に対応を求めていない政府の姿勢も問われている。
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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班
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